宮崎吾朗に才能はないのか。評価まとめ。結婚と嫁、子供について

宮崎駿さんの息子で映画監督の宮崎吾朗(みやざきごろう)さん。

『ゲド戦記』でいきなりメガホンを取ることになったことから、世間でも親の七光り的なイメージで見られてしまうことも多いですね。

しかし、その抜擢までの経緯を知れば、数々の玄人も認める彼の才能が伝わるのではないでしょうか。

少なくとも、宮崎駿さんの息子であるが故の彼の苦労というのは伝わるはずです。

2021年公開の『アーヤと魔女』、『ゲド戦記』、『コクリコ坂から』の評価や裏話とともに覗いてみましょう。

宮崎吾朗さんの作品はどのように評価されているのかまとめました。

結婚やプライベートについても迫ります。

宮崎吾朗のプロフィール

愛称:ちびすけ(幼少期:宮崎駿より)

本名: 宮﨑 吾朗

生年月日: 1967年1月21日

身長: 175 ㎝

出身地: 東京都

最終学歴: 信州大学

所属事務所:スタジオジブリ

宮崎吾朗の才能とは

当然ですが、誰もがいきなり大成功できるわけではありません。

もしかすると、宮崎吾朗さんに対する『世間の評価』は、その点が抜けているのかもしれませんね。

しかし、その才能や素養に関してはアニメや映画界の重鎮たちが認めておられます。

それを具体的に言うなれば、『折れない強さ』と『画力』でしょうか。


前者は、心無い世間の声にというわけではありません。

父・宮崎駿さんに対しても不可能なものははっきりと伝えられることが出来るという点です。

信州大学農学部森林工学科卒業後は、建設コンサルタント・環境デザイナーとして活躍していた宮崎吾朗さん。

その知識と経験もあってか、鈴木敏夫さんから三提案され、鷹の森ジブリ美術館の設立に携わります。

三鷹の森ジブリ美術館の総合デザインだけでなく、美術館の運営会社である株式会社ムゼオ・ダルテ・ジブリの代表取締役にも就任しました。

その際には、宮崎駿さんのイメージの実現に尽力しながらも、法律的な問題、あるいは、彼の中にある空想や曖昧な理想については拒否し、その姿は非常に頼もしかったそうですね。

尊敬する父だからこそ、臆することはないというのはなかなか難しいでしょう。

その後、館長まで勤め上げたその仕事ぶりが認められ、鈴木敏夫さんからの『ゲド戦記』へのお誘いを得ます。

当然、宮崎駿さんは断固反対、スタッフも様々な意見があったそうですね。

アニメーションに関しては全くの素人である宮崎吾朗さんが脚本・監督を務めることにジブリの全スタッフが反発したそうです。

競争が厳しいことで知られるアニメーション業界なのでこの反発は当然と言えるでしょう。

ですが、ここで諦めないのが宮崎吾朗さんの凄いところ。


自ら絵コンテやレイアウトを書き自分の能力を証明することで周囲のスタッフを認めさせジブリに溶け込んでいったそうです。

宮崎吾朗さんが監督を務めることに関して実は宮崎駿さんも反対をしていたんだそうです。

頑固なことで知られる駿さんを説得するのは並大抵なことではありません。

そこで、吾朗さんは駿さんを納得させるために「竜とアレンが向き合っている絵」を書き見せました。

それを見た宮崎駿さんは唸って黙ってしまったといいます。

また、彼の絵コンテを見た業界の重鎮は皆驚いていたのです。

スタジオジブリのスタッフだけでなく宮崎駿さんまでも認めさせる宮崎吾朗さん。

大塚康生さんは繋ぎ方を褒め、庵野秀明さんは『宮崎アニメ』だと断言したといいますね。

そして、当時38歳という宮崎吾朗さんの年齢を聞いてもっと早く描いていたらという旨を発せられたそうです。

子どもの頃から趣味で絵を描いていたという吾朗さん。

けれども、彼は美大芸大ではなく、信州大学農学部森林工学科の出身ということで、専門的に学んだわけではなさそうです。

にもかかわらず、宮崎駿さんの絵コンテを参考に何度も描くうちに、お目の高い方々が絶賛するほどの腕前となりました。

これぞ、才能なのではないでしょうか。

『アーヤと魔女』に関する宮崎吾朗の評価

2020年公開の『劇場版 アーヤと魔女』。

この作品もまた、一般の観客と業界の玄人たちとは見解が異なるようです。

国内映画ランキングは初登場第8位という数値から見ても、注目度含めて『ジブリらしくない』という声が聞こえてきそうです。

実際、今回の作品は観客側からすれば、フルCGですから、余計にそう思う人も多いのではないでしょうか。

主人公の性格が好かない、絵が暗いといったご意見ご感想も多く目にします。

しかし、『ゲド戦記』とは異なり企画に宮崎駿さんが参加されていますので、そういう意味での『宮崎アニメ』でもありますね。

また、手からCGへという点も、実はジブリの重鎮である宮崎駿さん、高畑勲さん、鈴木敏夫さんらが使えば良いと考えていて、実際、高畑勲さんは導入も検討していたそうです。

それを踏まえての新しい挑戦ということで、決して宮崎吾朗さんが独断で決めたわけではありません。

また、この作品を高く評価するのが、何を隠そう宮崎駿さんでした。

試写を見た段階で、面白い、どこかではなく作品の持つエネルギーを伝えることができているとし、CGについても大したもの、最後には手放しで褒めたいとまで話されていたのです。

あの厳しい宮崎駿さんがそこまで言うとは逆に怖ささえ感じますね。

これは、宮崎吾朗さんも同じだそうですが、一人前と認められたかもしれないとの旨で喜ばれていましたね。

あくまで、ジブリ的には大絶賛のようです。

3DCGアニメで比較する『アーヤと魔女』の評価

もしかすると、手描きのアニメと3DCG作品を比較するというのが、評価のねじれを発生させているのかもしれません。

及び、監督『宮崎吾朗』の成長の跡というのが、かつての作品『山賊の娘ローニャ』との比較からうかがえるそうです。

残念ながら、後者の頃はセリフのテンポも悪かったそうです。

それが、『アーヤと魔女』では、海外のCGアニメーターを集めて作っていることもあってか、それが改善しているというプロのご意見もありました。

元来、園芸から建築に進んでいた宮崎吾朗さんですから、まずは一線級の方々と仕事をしていくことで一つ一つ経験を積んで行かれることでしょう。

ジブリも、高畑勲さんが亡くなり、宮崎駿さんも引退作を表明されている現状です。

また、ジブリは、若手クリエイターを育成しようとしても宮崎駿さんがあまりに厳しく、どんどん辞めていくというなかで、宮崎吾朗さんは今後を担う貴重な存在です。

それを思えば、『アーヤと魔女』に対する観客たちの辛辣な評価とは、宮崎吾朗さんの成長とともに、宮崎駿さんや高畑勲さんの時代からの転換期を迎えたジブリへの違和感そのものなのかもしれません。

もしかすると、今後のジブリはピクサーのようなものを作っていくかもしれないという予感を抱く人も多いですね。

宮崎吾朗のゲド戦記の評価と裏話

宮崎吾朗さんの初監督作品である『ゲド戦記』。

映画レビューサイトの投稿などを覗けば、内容が『よく分からなかった』というような評価もたくさんあったのも確かです。

世間からすれば、宮崎駿さんの息子さんがいきなり出てきて、スタジオジブリで監督という流れですから、その辺りの偏見も手伝ってのことかもしれません。


ただ、この点で言うと最も激怒していたのは宮崎駿さんご本人でした。

実は、宮崎駿さんが長年最もやりたかったという作品がこの『ゲド戦記』なのです。

しかし、ようやく原作者のル・グウィンさんからGOサインが出たのは、『ハウルの動く城』作りの佳境を迎えた時だったのです。

加えて、もう若くないという彼はこれを受けません。

その時、スタジオジブリとして請負い、宮崎吾朗さんを抜擢したのが敏腕プロデューサーの鈴木敏夫さんでした。

彼が宮崎吾朗さんを抜擢し、『イケる』と、決め手となった絵があります。

それがポスターにもなった龍と向き合うシーン、横の構図ですね。

これまでの宮崎駿さんの作品では、縦に向き合い、小さい側から大きなものを見つめるアングルでその巨大なイメージを伝える手法が好まれていたそうです。

逆に、横からの構図は宮崎駿さんには描けないと考え、実際に見せたところ黙り込んだというのですから、結果的に駿さんは一つの手として認めたのかもしれませんね。

ただ、その後、原作者のル・グウィンさんの前で、これを全否定し、自らの描いた町の絵を披露したという宮崎駿さんらしい伝説もあります。

如何にやりたかったかは伝わってきますが、その場は、ご自身ではなく、息子に監督をさせてくださいとお願いに来ているタイミングです。

本末転倒の行動に鈴木敏夫さんは、生涯初めて宮崎駿さんを殴りたいとさえ思ったそうですね。

そんな裏話も踏まえたうえで、そもそも、駿さんでなければ出来ないと言われているほどの『ゲド戦記』という火中の栗を拾いにいった宮崎吾朗さん。

そのなかで、父親にはない構図や、手法を取るなど光る部分もあったことを知り、改めて観てみると、その評価も変わってくるかもしれません。

宮崎吾朗と『コクリコ坂から』の評価と裏話

本来は、監督は『ゲド戦記』のみと心に決めていたという宮崎吾朗さん。

しかし、そこで終わっては前進がないと次に手がけたのが『コクリコ坂から』です。

『ゲド戦記』に対する怒りはまだおさまっていないという宮崎駿さんですが、今回はシナリオにも参加、宮崎吾朗さんへの口出しはしないという条件もついたなかでの撮影だったそうです。


ただ、ここでも結局は口出ししてしまうのが宮崎駿さんです。

しかも、それがかなり痛烈で、これがジブリで若手が辞めていく原因の一つとも言われていますね。

ただ、それは同時に作品へのインスパイアともなりました。

元来、宮崎吾朗さんが描いていたのは、暗い顔をしたヒロインの絵でした。

父の死を背負っていたためです。

けれども、宮崎駿さんはその絵を引き剥がしました。

彼は、もっとハツラツとした絵を求め、また、宮崎吾朗さんのなかに、まだ世界が固まっていないことを見抜いたのです。

そして、宮崎駿さんは自ら一枚の絵を描き、宮崎吾朗さんに渡しました。

以後、一転してポジティブな女の子として描かれるようになったヒロイン。

一般の方々のレビューをみても、『ゲド戦記』と比較して、登場人物の感情を読み取り、共感もしやすくなったとの旨のコメントも多数寄せられています。

また、第35回日本アカデミー賞最優秀アニメーション賞しました。

これは、『けいおん!』などの人気作を抑えての受賞ともあって、やはりプロが認める宮崎吾朗さんの素養も少しずつですが、開花し始めたようですね。

彼の監督業スタートが遅かったことを鑑みても、その躍進するスピードは速いといえるこもしれません。

宮崎吾朗作品の興行収入と視聴率

宮崎吾朗さんが初監督を務めた「ゲド戦記」。

100億円を当初の興行収入目標としていましたが、その後は90億円に下方修正したものの最終的な興行収入は76.9億円に終わりました。


通常のジブリ作品の地上波初放送であれば視聴率が20〜30%となりますが「ゲド戦記」の視聴率は16.4%。

これは翌週に放送された「となりのトトロ」よりも低視聴率となりました。

宮崎吾朗さんは「ゲド戦記」の5年後に「コクリコ坂から」で2作目の監督を務めました。

「コクリコ坂から」の興行収入は44.6億円といまひとつでテレビ放送での視聴率も13.6%に終わっています。

ですが、「コクリコ坂から」は日本アカデミー賞で最優秀アニメーション作品賞を受賞しています。

世間からの評価はそれほど高くはありませんが、専門家からは評価された作品と言えるでしょう。

宮崎吾朗さんは「コクリコ坂から」以降、映画作品で監督はされていませんがテレビアニメ「山賊のむすめローニャ」で監督を務めています。

「山賊のむすめローニャ」は国際エミー賞の子どもアニメーション部門で最優秀賞を受賞するなど国際的に高く評価をされました。

宮崎吾朗さんは着実に高く評価される作品を作っていっているようです。

いずれ父である宮崎駿さんを越える日が来るかもしれません。

宮崎吾朗は結婚と嫁、子供について

監督として着実に成長している宮崎吾朗さんですが、現在結婚はされているのでしょうか。

調べてみたところ、宮崎吾朗は結婚されていてお子さんもいらっしゃるようです。


ですが奥さんがどんな方であるか、お子さんの性別や人数は公表されていないようです。

宮崎家は大物の集まりなので公表することで周囲が騒がしくなり普通の生活を送りにくくなることは明白ですので公表をしていなのでしょう。

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