広河隆一の娘・妻など家族について。文春報道後、現在の状況は

パレスチナ情勢やチェルノブイリ・福島原発事故など世界中の諸問題を取材し、常に被害者の目線に立って活動を続けてきたフォトジャーナリストの広河隆一(ひろかわりゅういち)さん。

海外でも高名なジャーナリストですが、2018年末の文春によるハラスメント報道で初めてその名前を知った人もいるでしょう。

8人の女性が被害告発 広河隆一氏「性暴力検証」は崩壊状態 文春オンライン

報道の影響で娘や妻など家族についての関心も高まっているようです。

今回は広河隆一さんのこれまでの足跡とともに、2019年現在をみていきたいと思います。

広河隆一ってどんな人?

2019年現在76歳の広河隆一さんは、長きにわたりパレスチナ問題、チェルノブイリの現状、福島第一原発事故などを取材してきたフォトジャーナリストです。

取材・報道のみならず、各地で支援活動にも取り組んできた功績から、人権派のジャーナリストとして知られています。

東日本大震災後は福島の子供たちの救援活動にも力を入れ、原発事故の影響の少ない沖縄で保養させるプロジェクト「NPO法人沖縄・球美の里」を設立。

土門拳賞をはじめ数々の受賞歴があり、写真集、ノンフィクション、訳書も多数出版しています。

また、自身が制作・発表した報道番組も多く、2015年には広河隆一さんのこれまでの活動や生きざまなどを描いたドキュメンタリー映画『広河隆一 人間の戦場』が制作されました。

広河隆一の娘や妻は?家族まとめ

広河隆一さんが最初に結婚した妻は、ユダヤ人を両親に持つイスラエル生まれの女性でした。

名前をルティ・ジョスコビッツさんといい、職業は評論家、フランス語講師。

1968年頃、イスラエル北部で戦場カメラマンの広河隆一さんと出会ったようです。

ルティさんは日本に移住後、日本国籍の取得を希望しますが叶えられませんでした。

1982年には、自らのルーツと向き合った評論『私のなかの「ユダヤ人」』で集英社プレイボーイ・ドキュメント・ファイル大賞を受賞。

夫妻は二人の子供をもうけたのちに離婚しています。

子供の一人である娘のタミイ J. 広河さんは画家やパーカッション奏者として活動しており、沖縄県に住んでいるとのこと。

2018年12月、父である広河隆一さんの女性への性的暴行が告発された際は大きなショックを受けたことでしょう。

もう一人の子供や広河隆一さんの両親、兄弟については情報が見つかりませんでした。

再婚した妻は大手出版社に勤務する女性といわれています。

仕事を通して出会った可能性が高いですね。

世間に衝撃を与えた文春砲のあとも離婚はしていないようです。

人権派の広河隆一の2019年現在は?


過去の活動から、人権を何よりも尊重する人物として広く知られていた広河隆一さん。

そんな人権派ジャーナリストにも、仕事上のの顔からはうかがい知れない側面があったのでしょう。

『 週刊文春』の2019年1月3・10日号で、広河隆一さんの女性に対する性的暴行が告発されました。

被害女性はいずれも広河隆一さんを師と仰ぐ女性たち。

憧れの大先輩が発行する報道写真誌『DAYS JAPAN』の編集を手伝っていた女性もいたそうです。

フォトジャーナリストを志して自分のもとにやってきた女性たちに性的関係を強要していたという広河隆一さん。

にわかには信じられない報道に、ネット上は騒然となりました。

また、広河隆一さんを尊敬し、自らもジャーナリストとなった志葉玲(しばれい)さんも文春オンラインをリツイート。

背景には、抗いがたい支配関係があったといいます。

被害女性たちは、業界で影響力を持つ広河隆一さんの不興を買うことやアドバイスをもらえなくなることを恐れて、拒絶しにくい状況にありました。

当事者同士に歴然とした上下関係がある場合、上位者の申し出を拒否することはさまざまなリスクを伴う場合があります。

さらに、フォトジャーナリスト志望者にとっての修業の場は限られているのだとか。

報道を受けて広河隆一さんは謝罪コメントを発表しましたが、どこか形式的な対応という感が否めません。


なぜ会見を開き、自らの声と言葉で謝罪しなかったのでしょうか。

長年にわたり、人間の尊厳をカメラでとらえ続けてきた広河隆一さん。

一人の人間が持つ影響力や上下関係に忖度して見て見ぬふりをする人々もまた、その人の加害意識を麻痺させているのかもしれません。

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