高峰三枝子の息子が逮捕、孫は元女優。夫との離婚と自宅。死因は脳梗塞、若い頃が美しい

映画『浅草の灯』で人気を博し、昭和を代表するスター女優・歌手として活躍した高峰三枝子(たかみね みえこ)さん。

1976年には『犬神家の一族』でベテランの貫禄を見せ、ブルーリボン賞助演女優賞に輝きました。

1990年に亡くなりましたが、息子、孫はいるのでしょうか。

また夫はどんな人だったのか、東京・田園調布の自宅はどうなっているのか確認します。

併せて、死因が脳梗塞という情報、美しさを誇った若い頃の写真を紹介します。

高峰三枝子のプロフィール

本名:鈴木三枝子

生年月日:1918年12月2日

死没:1990年5月27日

身長:不明

出身地:東京府芝区露月町(現在の東京都港区)

最終学歴:東洋英和女学院高等部

高峰三枝子の息子・鈴木清貴は薬物所持により逮捕

まずは高峰さんの息子について確認します。

戦前から大スターだった高峰さんは、戦後間もない1946年に結婚して、一人息子をもうけました。

1949年9月に生まれた息子は、清貴さんという名前でした。

しかし順風満帆な結婚生活を送ることはできず、1954年に離婚しています。


離婚後は女優業を続けながら、女手一つで清貴さんを育てることに。

懸命に育児をしたものの、息子は母の思うように成長しませんでした。

清貴さんは18歳のとき、スポーツカーを乗り回した結果、事故を起こしてしまいます。

高峰さんが弁護士を雇って、何とか示談で処理したものの、母としてつらい気持ちだったに違いありません。

さらに1977年、せっかくの母の計らいも無にするかのように、28歳の清貴さんは再び逮捕されます。

覚醒剤取締法違反の容疑でした。

高峰さんはホテルで開かれた記者会見にて、泣きながら謝罪。

世間からは「息子を甘やかした結果だ」と彼女を非難する声が上がりました。

絶望に沈んでいた高峰さんに手を差し伸べてくれたのは、同い年の「戦友」とも言える女優・木暮実千代さん。

保護者として清貴さんの面倒を見て、見事に更生させたのです。

高峰さんはライバル女優であると同時に恩人の木暮さんに、生涯感謝していたに違いありません。

高峰三枝子の孫は高峰陽

高峰さんの息子さんが非行に走ってしまった理由は、彼女の前夫と関係しているようです。

詳細は後ほど見ていくとして、先にぜひ知っていただきたい、高峰さんの孫を紹介します。

孫の高峰陽(たかみね ひなた)さんは、祖母と同じく女優として活動していました。

女優を引退後は、祖母の版権、肖像権などを管理する「株式会社高峰プロモーション」の取締役に就任しています。

祖母の生きた証を継承し続ける、立派なお孫さんですね。

息子さんの逮捕で絶望していた高峰さんですが、今は天国で安心しながら、お孫さんを見守っていることでしょう。

夫は鈴木健之

高峰さんの夫・鈴木健之さんは、太平洋戦争中に将校として、特務機関で暗躍していました。

戦後は英文雑誌の発行に携わる実業家となり、高峰さんと結婚。

夫婦で競馬を楽しむなど、一時は仲良く暮らしていたようです。

しかし徐々にすれ違うようになり離婚。

離婚後は窮乏して、息子の清貴さんにお金の無心をするようになったのです。

清貴さんは10代の頃から不祥事を起こしていたものの、大学にはしっかり進学しました。

慶應義塾大学を卒業すると、貿易会社の経営者となります。

しかし父親からの請求額が大きくなり、やがて800万円の小切手を決済できなくなってしまいます。

結果的に貿易会社は倒産し、やむを得ず覚せい剤の取引に手を染めたのです。

清貴さんとしては成人後、真面目に働くつもりだったにもかかわらず、父親のためにすべてを失ってしまいました。

奇しくも清貴さんの逮捕と同日に、父親の健之さんもニューヨークでヘロイン所持により逮捕されています。

高峰さんの心中を推察すると、胸が痛みますね。

高峰三枝子の自宅は田園調布

高峰さんの自宅は東京の高級住宅街である田園調布にありました。

最後に暮らしていたのも田園調布の自宅ですが、高峰さんの死後どうなったかはわかっていません。

2022年現在はすでに取り壊されているか、親族の方が暮らしているのでしょう。

富裕層向けの住宅として、売却された可能性もありそうですね。

高峰さんは大スターらしく、複数の自宅、邸宅を所有していました。

元々暮らしていたのは、経営していた料亭を改造した築地の自宅です。

南平台にも邸宅を所有して、当時の岸信介首相に貸し出していたこともあります。

「総理の大家さん」として、政界の大物から慕われていたことがうかがえますね。

高峰三枝子の死因は脳梗塞

高峰さんは1990年4月18日、田園調布の自宅で倒れました。

脳の血管が詰まり、血流が途絶える脳梗塞を発症したのです。


東京都世田谷区の日産厚生病院に搬送され、一時は意識が回復。

命の危機は脱したと思われましたが、約1か月後の5月25日に容態が急変します。

2日後の27日に、71歳で亡くなりました。

最期まで「早く仕事に戻りたい」と口にしていたことから、プロの女優魂が垣間見られますね。

高峰三枝子の若い頃の美しい写真

昭和を代表する美人スターだった高峰さん。

いわゆる原節子さんのような大きい瞳と通った鼻筋の、典型的な美人ではありませんでした。

外見の美しさというよりも、美しい佇まいで周囲を圧倒していた印象があります。

全身から漂う色気に加え、透き通るような歌声も魅力でした。

若い頃の美しい佇まいの高峰さん、さらにベテラン女優の貫禄が加わった高峰さん。

映画を見比べたり、歌声を聴き比べたりして、いずれの彼女が好みか考えてみるのも楽しいですよ。


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