檀ふみの自宅、東大の父と母、兄弟について。阿川佐和子との関係

女優、エッセイスト、司会者など多方面で活躍中の檀ふみ(だんふみ)さん。

上品で知性的な容貌と愛らしい雰囲気は健在ですが、なぜかいまだに結婚していません。

今回は檀ふみさんの近況をうかがいながら、独身の理由や兄弟について、また石神井公園の家についてお送りします。

一浪して慶應義塾大学に入学したことから、本当は東大を志望していたのではないかと思う人もいるようです。

頭の回転の速さは作家である父から受け継いだ才能でしょうか。

石神井公園の家を建て替え

石神井公園は東京都練馬区にある都立公園です。

檀ふみさんの実家は石神井公園の近くにありました。

利便性も良く住みやすいことから石神井公園の周囲には高級住宅が立ち並んでいます。


直木賞に読売文学賞、日本文学大賞と数々の受賞歴がある檀一雄さんなので高級住宅街に住んでいても不思議ではありません。

父が建てた石神井公園近くの家で長く暮らしていた檀ふみさん。

ところが2000年を過ぎると道路の拡張計画が持ち上がり、敷地の半分が計画に引っかかってしまいました。

実家があった場所からは立ち退きをしていますが、今も石神井公園の近くにお住みのようです。

高齢で認知症の症状もあった母に急激な環境の変化はよくないと考え、交渉の席につかずいたものの、2015年に母が他界。

半分になる土地に家を建て直すのか、それとも新しい土地へ引っ越すのか、決断にせまられることになりました。

自宅の建て替えを決意したのは、昔から家にあった思い出の木を残したかったから。

売却して更地になれば伐採されてしまいます。

自宅を解体するにあたって処分した父の蔵書は1万冊以上。

新居が完成するまでの間、生まれて初めて都心でのマンション暮らしを体験したそうです。

新しい家に移ったのは2018年の秋。

兄の家族との二世帯住宅とのことです。

『わが愛の譜・滝廉太郎物語』では日本アカデミー賞の助演女優賞を受賞した檀ふみさん。

女優業は面白いことに出会える貴重な仕事と語っていますので、これからも活躍を期待できそうです。

檀ふみの所属事務所

女優に声優、エッセイストとして活躍する檀ふみさん。

1カ月に渡り高校生レポーターとしてカナダを訪れたのが初めての芸能活動でした。

その後、映画デビューのきっかけを作ったのが父であり作家の檀一雄さんと映画プロデューサーの俊藤浩滋さん。

この二人に騙されて撮影所に連れていかれた檀ふみさん。

嫌々ながら衣装合わせをしていた際に主演の高倉健さんと出会い、あまりの格好良さに檀ふみさんは映画出演を決めたそうです。

当初は女優としての活動が主だった檀ふみさんですが、父の檀一雄さんの影響もありエッセイストとしても活動しています。

親友の阿川佐和子さんと共著の「ああ言えばこう食う」では第15回講談社エッセイ賞を受賞するなど文才も高く評価されています。

多方面でマルチに活躍する檀ふみさんが所属するのは「檀ふみ事務所」。

名前の通り檀ふみさんの個人事務所。

場所は高級住宅街の港区白金台。

美術館に自然教育園もありアカデミックな雰囲気が漂う白金台は知的な檀ふみさんの事務所にぴったりの場所でしょう。

檀ふみが「東大」で検索されるのはなぜ?

檀ふみさんは東京教育大学附属高校(現・筑波大学附属高校)から慶應義塾大学経済学部に進学し、6年かかって卒業しています。

いかにも成績優秀なイメージがあるうえに、予備校で一浪しての入学でしたから、不合格だった志望校はいったいどこなのかと思う人も多いようです。


「東大」の関連ワードで検索されるのは、父親が東大出身だったことも影響していそうです。

ご本人の第一志望校が東京大学だったのかどうかはわかりませんでした。

檀ふみさんは1973年4月から『連想ゲーム』のレギュラーを務めており、慶應義塾大学に入学したのは翌1974年ですから、予備校に通いながら出演していたことになりますね。

檀ふみの母はどんな人?

檀ふみさんの父親が作家の檀一雄さんというのは有名でしょう。

檀一雄さんが20年以上にわたり書き継ぎ遺作となったのが「火宅の人」。

同作品が映画化された際に檀ふみさんも出演し話題となりました。

では檀ふみさんの母はいったいどんな人だったのでしょうか。

檀ふみさんの母親は酒造の令嬢だったという山田ヨソ子さん。

山田ヨソ子さんは一般の方ということもあり詳しい情報はありませんでした。

ちなみに山田ヨソ子さんは檀一雄さんの2番目の妻。

最初の妻は開業医の娘だった高橋律子さん。

檀一雄さんと高橋律子さんの間には長男が誕生していますが、結婚から3年後に腸結核のため高橋律子さんは亡くなっています。

その後、再婚したのが山田ヨソ子さん。

檀一雄さんと山田ヨソ子さんの間には檀ふみさんを含めて4人の子供が生まれます。

ですので檀ふみさんは5人兄弟です。

檀ふみの兄弟


1954年6月5日、東京都練馬区に長女として誕生した檀ふみさん。

父は「最後の無頼派」と呼ばれた文豪・檀一雄です。

兄弟は兄の次郎さん、小弥太さん、妹のさとさんがいますが、次郎さんは5歳で日本脳炎にかかり、14歳で他界。

また、父が先妻との間にもうけた太郎さんも11歳年上の実兄にあたります。

太郎さんは父の遺志を継ぎ、『新・檀流クッキング』などグルメや旅に関する著書を多く執筆しているエッセイスト。

2009年からは、父が晩年を過ごした博多湾に浮かぶ能古島の家に転居して、同じくエッセイストの妻・晴子さんと暮らしているそうです。

檀一雄の連作『リツ子・その愛』『リツ子・その死』は太郎さんの母親にあたる律子夫人を描いたもの。

律子夫人が腸結核で死去したのちに再婚したのが檀ふみさんの母親にあたるヨソ子夫人です。

檀ふみと阿川佐和子は大の仲良し

檀ふみさんと大の仲良しとして知られる阿川佐和子さん。

お二人は30年ほど前にリポーターとして知り合ったとそうです。

盟友と呼べるほど親しくなったのは共に慶應大学出身で父親が作家という共通点があったからかもしれません。

そんなお二人が舌戦を繰り広げたと話題になったのが阿川佐和子さんが司会を務める「サワコの朝」。

檀ふみさんと同じく長らく独身だった阿川佐和子さん。

元大学教授の男性と結婚したこともあって檀ふみさんに

あなたは奥様にもならず?

結婚する気ないでしょ

と発言。

すると檀ふみさんは

それは阿川さんがどのくらいお幸せかによる

と見事な切り返しを見せました。

本当に仲が良い二人だからこそ出来るこのやり取り。


お二人の頭の回転の良さも感じられますよね。

今後も檀ふみさんと阿川佐和子さんがテレビで共演する機会は少なくないでしょう。

今度はどんなやり取りで私達を楽しませてくれるのかワクワクしてしまいますね。

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