仲谷昇の岸田今日子が妻、離婚原因&娘の今!代表作キイハンター&帝銀事件は現在も話題!死因は?

個性派俳優として多くの作品で活躍した仲谷昇(なかや のぼる)さん。
晩年にバラエティ番組に出演したことで若者からの支持も獲得していました。

キイハンターや帝銀事件で知られる仲谷昇


ドラマ「キイハンター」の村岡室長役や「帝銀事件・大量殺人獄中32年の死刑囚」の平沢役で知られる仲谷昇さん。

指折りの名門校である麻布中学を経て中央大学法学部に進んだ仲谷昇さん。
演劇にのめりこんだあまりに大学を中退。

1950年に文学座演劇研修所に入所すると翌年、座員に昇格。
映画初主演となったのは1953年の「にごりえ」。
その後、「狩人日記」や「砂の上の植物群」で主演を務めるなど俳優としての頭角を現しました。

長らく文学座に所属していた仲谷昇さんですが体質の不満から1963年に文学座を離脱。
共に離脱した芥川比呂志さん、神山繁さんなどと「劇団雲」を結成。

仲谷昇さんは1975年に再び芥川比呂志さん達と劇団雲を脱退し「演劇集団 円」を結成。
演劇集団 円で代表を務めていた芥川比呂志さんが亡くなった1981年からは仲谷昇さんが代表を務めています。

代表となり後進の育成にも力を入れるようになった仲谷昇さん。
俳優としても現役でその後も多くの作品で存在感ある演技を見せていました。

仲谷昇の妻は岸田今日子?

2度の離婚歴と3度の結婚歴がある仲谷昇さん。
最初に結婚したのは1954年でお相手は女優の岸田今日子さんでした。

ともに文学座の劇団員だった仲谷昇さんと岸田今日子さん。
文学座の脱退と劇団雲の設立・脱退、演劇集団 円の設立も共に経験しています。
まさに公私に渡るパートナーだったといえるでしょう。

仲谷昇さんと岸田今日子さんはおしどり夫婦と呼ばれていましたが1978年に離婚。
岸田今日子さんが多忙となったことで夫婦関係に亀裂が入ってしまったことが原因と言われています。

ただ、離婚してからも揃って演劇集団 円に所属していましたので関係は良好なままだったものと思われます。

仲谷昇さんは岸田今日子さんと離婚してから2年後の1980年に一般女性と再婚するも1997年に離婚。
一般女性ということで名前や年齢など詳しい情報は見つかりませんでした。

仲谷昇さんが再々婚をしたのは2002年でお相手は一般女性でした。
この方が仲谷昇さんの最後の妻となった方で名前は「理智子」というようです。

仲谷昇には娘がいる?

仲谷昇さんと岸田今日子さんの間には1968年に娘が産まれています。
娘の名前は西條まゆさん。

西條まゆさんについて詳しい情報がありませんので芸能関係には進まなかったようです。

実は西條まゆさんが産まれる前に一度流産を経験している岸田今日子さん。
仕事が多忙だったことが流産の原因だったそうです。

そのため西條まゆさんを身籠った時、岸田今日子さんは女優業を休業しています。
休業すると仕事が無くなってしまう恐れもありますが、岸田今日子さんは女優人生よりも子供を選んだのですね。


なお、仲谷昇さんと離婚後、西條まゆさんは岸田今日子さんが引き取ったようです。

岸田今日子さんと離婚後に再婚、再々婚をしている仲谷昇さん。
西條まゆさんの他に子供がいるかは分かりませんでした。

仲谷昇の死因は?

2006年11月16日に77歳で亡くなった仲谷昇さん。
死因は慢性閉塞性肺疾患でした。

仲谷昇さんには喘息の持病があったそうです。
それにも関わらず1日100本もタバコを吸うヘビースモーカーでした。
タバコが仲谷昇さんの肺にダメージを与えていたことは間違いないでしょう。


また、昔の撮影所は今と違って空気が悪く肺の病気になる人が少なくなかったそうです。
そういった環境で働いていたことも死因とは無関係ではないでしょう。

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