岡田達也の結婚は?経歴&将来は鳥取県知事?キャラメルボックス&母エピソード

日本の演劇シーンにおいて欠かすことが出来ない俳優の一人が岡田達也(おかだ たつや)さん。
舞台だけでなくテレビや映画など、更なる活躍が期待されています。

岡田達也の経歴は?

約30年に渡って演劇集団キャラメルボックスで活躍してきた岡田達也さん。
最近では大人気2.5次元舞台「刀剣乱舞」への出演が話題となっていますね。

これまで3000を超えるステージに出演する岡田達也さんですが演劇集団キャラメルボックスに所属する前は演技の経験がなかったそうです。


舞台出身の俳優には学生の頃から演劇をしていた、という人も少なくありません。
ところが学生の頃の岡田達也さんは芝居に興味なし。
それどころか発声練習をしている演劇部を内心馬鹿にすらしていたそうです。

そんな岡田達也さんですが大阪芸術大学芸術学部に進学した事が大きな転機に。
就職活動に消極的だった岡田達也さんは学科の先生に「やりたいことがなければ役者を目指さないか?」と言われたそうです。

漠然と「東京に行きたい」と思っていた岡田達也さんは「役者を目指す」ことを理由に上京。
そして東京で働き始めるも当初は2〜3年働いたら鳥取に帰るつもりだったそうです。

それでも心のどこかに大学の先生とのやり取りが引っかかっていたという岡田達也さん。
芝居に興味はないものの先生に役者を目指すと言った手前、何もしないわけにはいかないと月に3〜4本の芝居を観るように。

こうして芝居に触れるようになった岡田達也さんは舞台俳優の生活は厳しい、という事を知り務めていた会社を退社。
少しでもお金をためておくために給料が高かったトラックの運転手に転職したそうです。

そんな岡田達也さんが演劇集団キャラメルボックスの門を叩いたのは1992年のこと。
役者になるつもりがなかったはずが劇団に入団し数千ものステージを経験するようになるなんて岡田達也さんも想像していなかったはず。

大学の先生の一言が無ければきっと岡田達也さんは役者にはなっていなかったはず。
そう考えるとその先生は岡田達也さんだけでなく芸能界にも多大なる影響を与えたと言っても過言ではありませんね。

岡田達也はキャラメルボックスに裏口入団していた?

月に3〜4本の芝居を観る生活を送っていた岡田達也さん。
1991年に上演された「ハックルベリーにさよならを」を観て演劇集団キャラメルボックスへの入団を決意したそうです。

入団を決意したとはいえそれまで演技の経験がなかった岡田達也さん。
オーディションを受けるも不合格となってしまいます。

不合格となった岡田達也さんですが熱意を評価されたのか制作部として劇団入り。
そして劇団員に顔や名前、人となりを覚えて貰って再度オーディションに挑戦。
十分にコネを作った状態でのオーディションでしたがまたしても不合格に。

そして迎えた3度目のオーディション。
岡田達也さんは今回も不合格だったら鳥取に帰ろうと思っていたそうです。

そんな悲壮な決意が伝わったのか岡田達也さんはオーディションに合格。
ただ、先輩俳優陣曰く岡田達也さんが合格できたのは演技力を評価されたというよりも同情の気持ちが強かったそうです。

先輩俳優陣の優しさのおかげで入団出来た岡田達也さん。
そのため「裏口入団」と語っているそうです。

ただ、俳優としての才能が全くなければ合格はさせていなかったのではないでしょうか。
才能が無ければ諦めさせるというのも優しさのうちですからね。

岡田達也は結婚してるの?

キャラメルボックスでは主演を務める事も多かった岡田達也さん。
客演としても多くの舞台に出演するなど演技力の高さは折り紙付き。

数千もの舞台に出演しているだけにファンも多い岡田達也さん。
きっと私生活ではモテモテと思いきや未だに独身のようです。

とはいえこれまでに熱愛の噂が無かったわけではありません。
過去には同じ劇団に所属する女優の坂口理恵さんと噂になり、結婚しているのではとまで言われていました。

ですが二人が交際を公表する事が無かったためあくまでも噂だったようです。

なぜ岡田達也さんのような素敵な男性が結婚していないのか不思議でなりません。
舞台が忙しすぎて恋愛をする暇もないのでしょうか。

岡田達也の夢は鳥取県知事?

鳥取県出身で今も鳥取県が大好きだという岡田達也さん。
上京した当初は2〜3年で鳥取に戻るつもりが俳優として大成したために実現せず。

そんな岡田達也さんの現在の夢は俳優と鳥取県知事と串揚げ屋の店主。
この3つを同時に行う事を現在の野望としているそうです。

青島幸男さんや石原慎太郎さん、東国原英夫さんに橋下徹さんなどタレントから知事になった人は少なくありません。
現在でも森田健作さんが千葉県知事として活動していますよね。

知事には政治的な手腕も必要でしょう。
ですがそれ以上に大切なのがその県を愛する気持ちではないでしょうか。

鳥取を愛する気持ちならば誰にも負けない岡田達也さん。
いつか鳥取県知事となった姿を見てみたいですね。

岡田達也は母が大好きすぎる?

岡田達也さんの人生に一番影響を与えたのが母。
15歳の時に看護学校に入学して65歳まで看護の仕事に携わっていたそうです。

控えめで目立つことや前に出る事を嫌い自分の意見より他人の意見を尊重。
困った人がいれば手を差し伸べるという古き良き時代の女性でした。

人の悪口も愚痴も言わなかったという岡田達也さんの母。
あまりに人として出来過ぎていたため、岡田達也さんは「本当に自分の母親なのか」と思った事があるそうです。

2017年11月19日に癌により死去。
亡くなる5年前に腹膜癌が見つかっており長らく病気療養中だったそうです。

それまで母を始め家族の事をブログに綴る事が多かった岡田達也さん。
母が亡くなってからも母に関する内容をブログに綴り続けています。


中には亡くなった人の事をブログに書くことを批判する人もいるかもしれません。
ですがこれも岡田達也さんなりの愛情表現の一つ。

ブログに母の事を書く事で母に思いを寄せてくれる人がいる。
そのことを岡田達也さんは幸せに感じているのでしょう。

青島幸男の死因、病気とは。息子は脚本家。都知事になり都市博を中止の真意とは

コメント