内山信二の子役時代&年収億超えで性格も天狗に?学歴や事務所&さんまの弟子に

ぽっちゃり体型を活かしてグルメ番組や俳優としても活躍する内山信二(うちやま しんじ)さん。

しかし、子役時代の勢いはもっと凄まじかったようです!

フジテレビ系「あっぱれさんま大先生」でブレイク、イベントに引っ張りだこで年収はどうやら億を超えたようですね!

他方、そのせいで性格も天狗になったと反省しているようです。

そんな彼の学歴や事務所についても調べてみました!

内山信二のプロフィール

芸名:内山信二

本名:内山信二

生年月日:1981年9月25日

身長:174cm

出身地:東京都葛飾区

最終学歴:高校中退

所属事務所:SHUプロモーション

内山信二の子役時代!さんま大先生でブレイクも性格が悪く…?


個性豊かな子どもたちと、明石家さんまさんとのトークで人気となったフジテレビ系『あっぱれさんま大先生』。

加藤諒さんや、前田愛さんなどその後も芸能界で活躍する数多くの才能を発掘していましたよね。

そのなかでも一際輝いていたのが内山信二さんではないでしょうか。

同番組で7年に渡ってレギュラーを務め、すっかりお茶の間にも「内山くん」という愛称が根づいていました。

明石家さんまさんからも、唯一の弟子とまで言われていますね。

しかし、若くして…というより10歳前後で成功を掴んだ彼は、次第に天狗になってしまいます。

有名なところでは、スタッフに対するイジメですね。

ADの靴のなかに瞬間接着剤を垂れ流す、マネージャーをドラクエ購入の列に並ばせるなどやりたい放題だったそうです。

とくにマネージャーさんに関しては、英語の授業を受けさせたなんて話もあるそうで…これは学校へ向かわせたということでしょうか。

宿題をやらせるとかならまだ想像もできるところですが…。

しかし、こうした行為を繰り返していた影響もあってか、番組終了とともにテレビへの出演は激減してしまいました。

この時14歳、やがて高校生となった内山信二さんは、仕事はないにも関わらず、気分はそのままだったといいます。

自分にはもう学ぶことはないのだと考え、高校をわずか3日で退学されてしまいました。

その背景には、ほかの高校生たちとの会話や金銭感覚のズレもあったそうです。

つまり、「学ぶことはない」というフレーズのなかには、高校に居辛さを感じていたのでしょう。

案の定、その後は引きこもりとなっていたそうです。

そして、金髪に染め、周囲に対して喧嘩をふっかけて回ったそうです。

これも「内山くん」を払拭したいという思いからやられたことだそうですが…。

とうとう芸能界さえ辞めとしていた内山信二さん。

しかし、ここで救いを与えてくれたのが明石家さんまさんだったのです!

ご自身が出演中だった舞台へ、「暇だろうから出ろ」とオファーをくれたそうですよ!

この舞台をきっかけに、芸能人であることを思い出し、今につながっているといいます。

芸を教えるだけでなく、弟子の窮地を救うのもまた、師匠の役割ですね!

内山信二の子役時代の年収はいくら!?

ブレイク後、天狗になってしまった内山信二さんですが、それはそうなるだけブレイクしたという証でもあります。

『あっぱれさんま大先生』で活躍中には様々なイベントやCMで引っ張りだこでした!

彼のピークは、10歳の頃で、当時の最高月収をテリー伊藤さんとの対談の中で明かしています。

なんと、その額3000万円だそうですよ!

ただ、これはCMのギャラなどがまとめて入った時の数字で、コンスタントにこれではないとのことですね。

しかし、年収でも軽く億越えだったとのことです!

これを見た内山信二さんは、学校でも先生の給料を見下し、友達にはお菓子を奢り、女の子とダブルブッキングさえしていたそうです。

こうした金銭感覚は、中学2年生で初めて彼女ができた時も変わりませんでした。

その結果、デートでは銀座の小料理屋までタクシーで行き、里芋の煮っころがしほかおばんざいに舌鼓を打ったそうです。

高級で良いものには間違いないのですが、年齢の割に渋すぎますよね。

結果、価値観の不一致でフラれることも多かったそうです。

フラれる理由まで、年齢の割に大人っぽいですよね。

ちなみに、家族で毎年ハワイへ行って、ブランドバッグを購入していたそうですから、この頃は内山家全体がバブリーだったようですね。

こうなると、前項目で綴ったように、仕事がなったときの反動が怖くなります。

案の定、貯金残高はゼロだったらしいですね…。

内山信二の事務所や学歴は?


東京都葛飾区出身の内山信二さん。

すでに子役として活躍していたこともあってか、小学校中学校ともに地元の公立校に進んでおられますね。

葛飾区立新宿小学校から葛飾区立新宿中学校というある意味最もわかりやすい学歴です。

葛飾区立なのに名前が「新宿」というのが、少し面白いでしょうか。

その後、前述のように、高校に進むも3日で退学した内山信二さん。

こちらの高校に関しては、明らかになっておりません。

金銭感覚が違うなどのお話から、芸能人御用達の日出高校や、堀越高校ではなかったのかなという印象ですね。

また、所属事務所に関しては、石井光三オフィスからSHUプロモーションへ移籍されていますね。

前者へは、15歳から所属されていたそうですから、ちょうど『あっぱれさんま大先生』が終わった時からでしょうか。

金髪から引きこもりという辛い時期にお世話になっていたようです。

こちらの故・石井光三会長は、同事務所でコント55号などを育てた敏腕社長であられます。

また、かつて、『オレたちひょうきん族』にも出演されていたそうですね。

ラサール石井さんにモノマネされ、視聴者の人気者だったそうです。

また、後者のSHUプロモーションは、2016年12月設立とまだ歴史は浅いですね。


しかし、代表は磯野貴理子さんの元旦那としても有名な庄司宏行さんです。

そういえば、元々、彼は石井光三オフィスにて磯野貴理子さんのマネージャーをされていましたよね。

それを思えば、所属事務所は変わっても、内山信二さんを取り巻く環境というのは、そう変わらないのかもしれません。

内山信二の現在と結婚について。父親が病気で他界&介護施設が廃業

パパイヤ鈴木の現在は沖縄移住。妻・娘・息子との関係。昔はアイドルでジャニーズ志望

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