蜷川幸雄の劇団。後継者の弟子は?舞台にかける思いとは

2016年5月12日、肺炎による多臓器不全で他界した演出家の蜷川幸雄(にながわ ゆきお)さん。

芸術選奨文部大臣賞、 紫綬褒章、 英国名誉大英勲章第三位、文化勲章など輝かしい経歴を持つ蜷川幸雄さんですが、演劇をメジャーな娯楽へと進化させたことや、多くの若手タレントを一流の俳優に育てあげたことも忘れてはならない功績です。

この記事では蜷川幸雄さんが遺した名言や劇団、後継者と期待される弟子、蜷川さんの舞台にかける思いについて迫ります。

蜷川幸雄の後継者となる弟子は?

蜷川幸雄さんの愛弟子・藤田俊太郎さんは、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科在学中にニナガワ・カンパニーに参加。


俳優として活動後、演出助手として数多くの蜷川作品に関わりました。

自身が演出したミュージカル『ジャージー・ボーイズ』はさまざまな演劇賞を受賞し、高く評価されています。

かつては引きこもりだったという藤田さんは、生き方を模索する中で演劇に救われたと語ります。

蜷川幸雄さんはイギリスをはじめ、世界各国で演出作品を上演してきました。

藤田俊太郎さんは、師匠だった蜷川さんが世界中の観客に熱狂をもって迎えられる姿を間近で体験しています。

すでにミュージカル『VIOLET』でイギリスでの演出家デビューを果たしている藤田俊太郎さん。

蜷川幸雄さんのDNAの継承者といえるでしょう。

蜷川幸雄の劇団&舞台にかける思い

高齢者劇団さいたまゴールド・シアターと若手俳優の育成プロジェクトさいたまネクスト・シアターを率いていた蜷川幸雄さん。

2020年現在、さいたまゴールド・シアターの団員は60歳代から90歳代までの36名。

他に類を見ない演劇集団としての個性と、豊かな人生経験がにじみでる味のある演技、また日本の高齢社会のありようを映し出すモデルケースとして、結成当時から大きな注目を集めたようです。

一方、さいたまネクスト・シアターは、次の世代を育てたいと意気込んでいた蜷川幸雄さんが10代20代の若者を集めて立ち上げたプロジェクト。

蜷川幸雄さんの舞台は、シェイクスピアの母国イギリスでも高く評価され、「世界のニナガワ」と呼ばれるまでになりました。

役者にも自分にも妥協を許さず、ほとばしる情熱を舞台にぶつけていたのでしょう。

16歳で蜷川作品に出会って以来、その演出に刺激を受け続けてきたという劇作家・演出家の野田秀樹さんは、
蜷川幸雄さんを「激情型の演出家のように見えるが、分析する演出家だった」「だから伝わる」と言い表しています。

70歳を過ぎても「パンクじじいでいたい」と公言し、車椅子や酸素ボンベとともに稽古場に通い続けた蜷川幸雄さん。

日本演劇界は大きな柱を失いました。

蜷川幸雄の名言

蜷川幸雄さんが演劇や演劇人について語った名言は数多くあります。

今回はそれらの中から、演劇界の外側に身を置く一般の人々にも共通する名言をピックアップしてみました。

命あるものに与えられた時間には限りがあります。

もちろんわたしたちはこれを知っているはずなのですが、日々の暮らしを送る中で、あたかも時間が無限に与えられているかのように錯覚して過ごしてしまいがちです。

人生にはタイムアップが必ずあり、そのホイッスルがいつ鳴るかは正確にはわかりません。

もし自分の人生があときっかり〇年しか残されていないとわかったら、おそらく今日すべきことは変わるでしょう。

無限のようにみえる未来に向けて漠然とゴールを設定するのではなく、ゴールを基点として現在の自分をながめてみると、双方のギャップが明確になるはずです。


目標達成のためにすべきことも設定しやすくなるでしょう。

実現させたい夢を明確に描くことで、今やるべきことは見えてきます。

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