アイドル時代は「わたしの彼は左きき」などが大ヒット、ビジュアルを含めた全てが鮮烈な輝きを放っていた麻丘(あさおか)めぐみさん。
同期の西城秀樹さんとは熱愛の噂もありました。
しかし麻丘めぐみさんは別の男性と結婚して電撃引退。
夫・渡辺光男さんとはどんな人だったのでしょうか。
離婚の理由についても調べてみました。
麻丘めぐみのプロフィール
本名:藤井佳代子
生年月日:1955年10月11日
身長:162cm
血液型:O
出身地:大分県
最終学歴:明治大学付属中野高校定時制課程卒業
麻丘めぐみと西城秀樹が熱愛?
1972年、「芽ばえ」で歌手デビューした麻丘めぐみさん。
「演歌のビクター」からのポップス歌手第一号でした。
同期には西城秀樹さん、郷ひろみさん、森昌子さんといった強力なライバルがひしめいていましたが、その年のレコード大賞最優秀新人賞は麻丘めぐみさんの頭上に。
今も根強く残っているのが、西城秀樹さんとの熱愛の噂ですね。
二人が明治大学付属中野高等学校の同級生だったのは本当の話です。
麻丘めぐみさんは1955年10月11日生まれで、西城秀樹さんは1955年4月13日生まれ。
麻丘めぐみさんは1972年6月にデビューし、西城秀樹さんは1972年3月に「恋する季節」でデビュー。
噂によれば、西城秀樹さんが麻丘めぐみさんに熱を上げたことで交際に発展したとのこと。
けれども、70年代アイドルは歌番組、ドラマ、バラエティ、雑誌と過密スケジュールだったため、今とは忙しさが桁違い。
交際が事実だとすれば、そんな日々の中で愛を育んでいたのでしょう。
西城秀樹さんのファンからカミソリを送りつけられることもあったといわれています。
やがて麻丘めぐみさんは西城秀樹さんの子供を妊娠。
中絶するため訪れた病院では、付き添いの西城秀樹さんの目撃談もまことしやかにささやかれていますね。
1975年頃には、二人の薬指に指輪がはめられていたことが歌番組で確認されているのだとか。
しかしその後、二人は引き離される形で破局したとのこと。
このトップアイドル同士の恋が事実だったかどうかはともかく、麻丘めぐみさんは、自分の人生を一旦リセットしたいとして結婚のため電撃引退。
1977年、周囲の反対を押し切っての決断でした。
麻丘めぐみが結婚した夫・渡辺光男とは?
1977年、フジテレビのディレクター、渡辺光男さんと結婚した麻丘めぐみさん。
当時まだ21歳でした。
交際半年、2回目のデートでのプロポーズだったそうです。
挙式は軽井沢の聖パウロ教会。
渡辺光男さんは『夜のヒットスタジオ』などの人気番組を手がけた敏腕ディレクターでした。
自分には家庭と仕事の両立はできないと思っていた麻丘めぐみさんは、結婚したら引退するつもりでいたとのこと。
芸能界に未練はなかったといいます。
専業主婦生活は解放感でいっぱいで、1日の時間をすべて自由に使えることが楽しく、同時期に芸能界を引退した友人とスーパーで買い物をしたり、夕食会をしたりして、さまざまな初体験をしていたようです。
麻丘めぐみが離婚した理由は?
周囲の反対やファンの悲鳴を振り切り、結婚・引退を選んだ麻丘めぐみさん。
幸せな結婚生活を送っていると誰もが思っていたことでしょう。
しかし6年後の1983年に突然の離婚。
離婚の理由についてはさまざまな憶測が飛び交いましたが、渡辺光男さんの度重なる浮気が原因とする見方が強かったようです。
当時、渡辺光男さんは売れっ子ディレクター。
常に美しい女性が身近にいる環境だったこともあり、浮気は一度や二度ではなかったといわれています。
離婚を切り出したのも渡辺光男さんでした。
シングルマザーになった麻丘めぐみさんは、娘・ひとみさんを育てるため芸能界に復帰。
そして離婚を機に新居を構えることに。
それまでは夫の仕事の関係で都心に住んでいましたが、以前から子供は自然が豊かな環境で育てるべきと考えていたそうです。
一軒家を建て、母と娘との3人で新生活を始めました。
やがて母は地元の大分に戻り、娘はフランスへ。
2023年現在は、今の家で豊かな老後の一人暮らしを送れるように、リフォームや断捨離に励んでいるそうです。
アイドル時代は激動の5年間だったと語る麻丘めぐみさん。
20代は結婚と出産を経験して人間らしさを回復できた時期だったのでしょう。
復帰後は劇団も立ち上げて、今ようやく仕事もプライベートも楽しめるようになったそうです。
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コメント
悲しいです。好きな2人どうしだったら一生になるべきでしたね。