70年代に『八つ墓村』『野生の証明』といった話題作に次々と出演し、高い人気を獲得した中野良子(なかのりょうこ)さん。
バブル時代には「女房酔わせてどうするつもり?」と夫に可愛くたずねるウィスキーのCMが話題を呼びましたね。
近年はメディアへの露出が減っていますが、2023年現在はどんな活動をしているのでしょうか。
また、結婚した夫と子供、家族についてもまとめます。
出演作が中国で公開されたことから、中国では人気スターになっているようですよ。
中野良子の現在
1950年5月6日、愛知県常滑市に生まれた中野良子さん。
県立常滑高校卒業後に上京して大映演技研究所に入所しますが、まもなく三船プロへ。
一躍人気者となったのは1971年のNHKドラマ『天下御免』でした。
『天下御免』は水前寺清子さんを語り手に、70年代の世相を取り入れたストーリーで人気を呼んだ時代劇。
中野良子さんは可愛くておちゃめな紅役を好演しました。
以降、ドラマでは『国盗り物語』『まひる野』、映画では『君よ憤怒の河を渉れ』『八つ墓村』『野生の証明』など多数に出演。
これは、'八つ墓村'かな?中野良子さん. pic.twitter.com/5g0AoQBX8y
— Nadja🦋 (@norskskankatt) 2019年10月18日
中野良子さんといえば、少し鼻にかかったようなキュートな声も印象的ですね。
1978年のカネボウによる「唇美人」調査では見事1位に選出されています。
ここ最近はメディアに登場する頻度が少なくなっていますが、女優活動は現在も継続中。
配信ドラマ出演のほか、12月には梅田芸術劇場にて舞台『お向かいは秘密基地』の主演も控えています。
⭐️キャラ紹介⭐️
「割烹わたなべ」スタッフ(#中野良子)
「割烹わたなべ」の従業員🍣
ワタナベが逃亡した際に、ワイドショーのインタビューに答えている🎤
ワタナベと関係があったこと匂わせる発言をしていた🤔#逃亡料理人ワタナベ#名バイプレイヤー pic.twitter.com/kDzZrl7CPJ— 配信ドラマ「逃亡料理人ワタナベ」 (@Ryourinin_W) 2019年10月8日
女優業のかたわら、最近の中野良子さんが熱心に取り組んでいるのが日本各地での講演活動やトークショーなのだそう。
月一のペースで開かれる「中野良子の名作朗読講座」「中野良子の“世界を知る”朗読」という教室では講師も務めています。
思えば、若い頃にも歯に衣着せぬ発言で注目を集めたことのある中野良子さん。
女優である前に一人の女と主張してヌードを拒否したり、女優は商品と言い放ったりしたこともありました。
2023年は73歳になる年ですが、エネルギッシュな活躍といえますね。
いい意味で女優という枠組みに収まりきれない女性なのかもしれません。
中野良子が結婚した夫と子供について
中野良子さんは1987年6月21日に一般男性と結婚しています。
お相手は川崎善弘さんという銀行マンで、なんとお見合い結婚だったそう。
女優としてはめずらしいですね。
結婚生活32年の今も夫婦仲は円満のようですが、当初は気苦労もあったよう。
善弘さんは専業主婦を望んでいたため、中野良子さんは主婦業と女優業の両立に心を砕き、活動を理解してもらうのに10年ほどかかったと話しています。
そこにはもちろん大変な努力もあったのでしょう。
ですが、夫の視座で考えると、実に10年の間妻の芸能活動に一貫して反対していたことになり、「妥協した」「あきらめた」とも解釈できてしまいます。
結婚生活のビジョンの食い違いが招いた問題といえそうですね。
このようなケースを見るたびに思うのですが、結婚前に話し合うことはないのでしょうか。
つぎに気になる子供についてですが、日本タレント名鑑によると家族構成は2名とのこと。
夫妻に子供や同居の家族はいないようです。
中野良子は中国との平和交流にも奔走!
中野良子さんが出演した映画に『君よ憤怒の河を渉れ』という名作があります。
中国と40年来の交流を結ぶきっかけになった映画です。
メガホンをとったのは佐藤純彌監督、出演者に高倉健さん、原田芳雄さん、倍賞美津子さん、池部良さん。
2017年にジョン・ウー監督が『マンハント』というタイトルで福山雅治さんを主演の一人に迎えてリメイクしています。
1976年公開の『君よ憤怒の河を渉れ』はのちに中国でも公開され、文化大革命後に初めて上映された外国映画となりました。
無実の罪を負い、それを晴らそうとする主人公の姿は、文化大革命で理不尽な冤罪を着せられた人々の共感を得てセンセーションを巻き起こします。
観客動員数は8億人に達したといわれており、中野良子さんは一躍中国で人気女優に。
以来、何度も中国を訪れて、日中両国の友好関係のため奔走することになりました。
具体的な活動内容は、観光プロモーション、戦争記念館の見学、戦争体験者の取材、ファンとの交流会、中国の公益事業への参加、中国のテレビ番組や日中合作映画への出演など。
1995年には、中野良子さんの資金援助をもとに現地政府と共同で河北省秦皇島に小学校を建設。
学校名は中野良子小学校というそうです。
中国訪問や平和交流をすることで、日本の過去や未来についても理解を深められると語る中野良子さん。
ともに悲劇的な戦争を体験し、人々の心にも多くの傷を残した両国です。
日中関係の未来が明るく平和なものになるための架け橋になってほしいですね。
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