和田政宗(NHKアナウンサー)、政治家としての評判。経歴が凄い&嫁と家族について

自民党を背負って立つ事を嘱望されている元NHKアナウンサーの和田政宗(わだ まさむね)さん。
今後、和田政宗さんにどのようなポジションを与えられるのか注目が集まっています。

和田政宗がNHKアナウンサーから政治家になった理由

2013年の参議院議員選挙に当選し国会議員となった和田政宗さん。
第4次安倍第2次改造内閣で国土交通大臣政務官と内閣府大臣政務官を兼務するなど今後の活躍が期待される政治家の1人です。

実は和田政宗さんは国会議員になる前はNHKのアナウンサー。
阪神・淡路大震災の状況を伝えるアナウンサーを見て、アナウンサーになりたいと思ったそうです。


その思いを叶えるべく和田政宗さんは1997年にNHKに入局。
入局後、研修を経て地方の放送局へ配属されるNHKのアナウンサー。

和田政宗さんが入局して最初に配属されたのは新潟放送。
続いて配属された帯広放送局では2003年に発生した十勝沖地震を経験したそうです。

阪神・淡路大震災がきっかけでアナウンサーを志した和田政宗さん。
十勝沖地震を経験したことで被災地の声を届けたいという思いがより強くなったのでしょう。

和田政宗さんは防災・復興を専門とし2007年に発生した新潟県中越沖地震の取材も行っています。
また、同年には防災士の資格も取得。

その後、配属された大阪放送局時代には町内会の防災活動にも積極的に参加。
仙台放送局へ異動後は宮城県防災指導員の資格も取得し、市内の小学校や町内会で防災講座の講師を務める事もあったそうです。

2011年3月11日に発生した東日本大震災では2か月に渡って被災地を取材し番組を製作。
同年8月にはラジオドキュメンタリー「弔い人の地図〜名取市閖上〜」の企画制作とナレーションを担当。
この番組はNHKを代表して放送文化基金賞にエントリーされるなど大きな注目を集めました。

このようにアナウンサーとして被災地の声を届け続けた和田政宗さん。
政治家になったのも被災地を思ってのこと。

思うように復興が進まない被災地の現状を変えたい、という思いから国政に進出する事を決意。
そして和田政宗さんは「みんなの党」の公認を受けて参議院議員選挙に出馬し見事に当選を果たしています。

これからも和田政宗さんは被災地の声を国政の場に届ける活動をしてくれるはず。
それがきっかけとなり被災地の復興が少しでも進むことを願わずにはいられません。

和田政宗の評判

初出馬で初当選するなど地元の有権者からの期待を集める和田政宗さん。

選挙区である宮城県の県議も「育てたい人物」、「支持者に受けている」とコメント。
有権者だけでなく地元県議会からも高く評価されている事が分かりますね。

また、内閣官房長官の菅義偉さんが「日本を背負う政治家になる」と語れば自民党幹事長の二階敏弘さんも「立派な議員だ」と語っています。
これは和田政宗さんが自民党内で将来を嘱望されている何よりの証拠。

和田政宗さんは当選回数を重ねる事で党内の重要な役職に就いていくことは間違いなさそうです。
入閣する日もそう遠くないかもしれません。

このように政界からも高い評価を受ける和田政宗さん。
それだけに批判の的とされる事も少なくありません。

2018年3月には森友学園に関する予算員会での質疑が複数のメディアの槍玉に。
特にフジテレビの「バイキング」での取り扱い方が酷かったようでBPOへの申し立てと法的手段に訴える事を示唆。

また、週刊文春でも面白おかしく取り上げられる事も少なくありません。
週刊誌でゴシップを書かれても無視する議員は少なくありません。
ですが、和田政宗さんはその都度、毅然とした対応を見せています。

このように歴とした対応をする所も和田政宗さんが高く評価される理由の1つなのかもしれません。
ただ、「火のない所に煙は立たぬ」という言葉もあります。

政治家は1つのスキャンダルが命取りになりかねません。
和田政宗さんにはこれからも清廉潔白であり続けて欲しいものです。

和田政宗のエリート過ぎる経歴が話題

NHKのアナウンサーから国会議員に転身した和田政宗さん。

アナウンサーも国会議員も選ばれた1部の人しかなる事が出来ない職業ですよね。
そのため和田政宗さんをエリートと呼ぶことに異論を唱える人はまずいないでしょう。

和田政宗さんは当然のように若い頃から非常に優秀。
全国でもトップレベルの慶應義塾志木高等学校を経て慶應義塾大学法学部へ進学しています。

国会議員となってからもエリートコースを歩み続ける和田政宗さん。
当時、所属していた「みんなの党」で青年局長、東北復興院副総裁に就任するなど1期目から要職に。

みんなの党が解党後、和田政宗さんは新党結成を模索するも「次世代の党」へ。
すると次世代の党でも政調会長や幹事長、党首代行など「党の顔」と呼べる役職を歴任。

次世代の党を背負って立つ存在となった和田政宗さん。
ところが、党名の変更を巡り党内で意見が対立。
和田政宗さんは党名の継続を主張するも賛成多数により「日本のこころを大切にする党」に改名されることに。


この対立により和田政宗さんの中に歪が生じてしまったのでしょう。
その後、和田政宗さんは党の役職を全て退任すると離党して無所属に。

そして無所属のままで自民党の会派に入会した後、自民党へ入党。
和田政宗さんは入党後まもなく広報副本部長に就任するなど、最大与党の自民党でも存在感は変わる事はありません。

現在は国土交通大臣政務官、内閣府大臣政務官を務める和田政宗さん。
このままいけば、入閣するのもきっと時間の問題でしょう。

和田政宗には嫁がいる?家族構成まとめ

昔から「選挙で落ちればただの人」と言われる政治家。
それだけに選挙活動はまさに政治家人生をかけた戦い。
あの手この手で有権者からの支持を得ようと奮闘する候補者を目にした人は多いでしょう。

そんな厳しい選挙を戦う上で支えとなるのが家族。
陰になり日向になり候補者を支え続ける家族の姿も話題になる事が少なくありません。

そこで気になるのがは和田政宗さんの家族構成。
和田政宗さんにも選挙活動や政治家としての活動を支える家族がいるのでしょうか。

調べてみたところ和田政宗さんは既婚者で子供が2人。
奥さんの名前は「美穂」というそうです。

子供は息子と娘が1人ずつで息子の名前は「吉宗」で娘は「華穂」。
きっと「政宗」から一文字取って「吉宗」、「美穂」から一文字取って「華穂」と名付けたのでしょう。

和田政宗さんのTwitterを見ると選挙の応援に駆け付けた奥さんと息子の姿が掲載されていました。
この時はまだ娘さんは産まれていなかったようですね。

選挙カーに乗る和田政宗さんを激励する妻と息子。
こんな姿を見ると和田政宗さんを応援したくなってしまいますね。


まだまだ小さい子供がいる和田政宗さん。
子供達の世代だけでなくその先の世代がより良い暮らしが出来るような日本にするべく頑張って欲しいものです。

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