柴田元幸の翻訳と英語勉強法。小沢健二・村上春樹との関係。東京大学の元教授

アメリカ文学の多くの名訳で知られ、アメリカ現代作家の紹介にも尽力してきた柴田元幸(しばたもとゆき)さん。

柴田さんが考える翻訳の仕事に向いている人とそうでない人、志望者にすすめる英語勉強法とはどんなものなのでしょう。

また小沢健二さんや村上春樹さんとの関係、ゆかりの深い東京大学についてもみていきます。

柴田元幸が考える翻訳に向いている人と英語勉強法

ポール・オースターの『ムーン・パレス』やスティーヴン・ミルハウザーの『イン・ザ・ペニー・アーケード』など、現代アメリカ文学を精力的に翻訳してきた柴田元幸さん。

柴田さんが訳出した作品は注目を集めることから、本国より日本での人気が高い作家もいるほどです。


文学や翻訳に関する著書も発表しており、1992年には『生半可な学者』で講談社エッセイ賞を受賞。

1954年7月11日生まれの柴田さんは、2023年に69歳を迎えます。

中学時代から英語は好きな教科だったとのことですが、英文和訳の模範解答に不自然な文を見つけると、妙に気になっていたそうです。

この日本語は何だかおかしいとか、こういう言い方は普通しないといったことですね。

実際、このような経験をした方はけっこう多いのではないでしょうか。

文学であれば、その珍妙な表現が独特の味わいになることもありますが、これが理科や歴史の本となると話は別。

意味がとらえにくくなり、正確に理解することも難しくなってしまいます。

読者によけいな負担をかけたくないと語る柴田さん。

翻訳に向いている人とは、「この文は何を言っているのかわからない」と思った経験が多い人だと述べています。

逆にいうと、つたない文章でも意味が汲みとれてしまう人には向いていないことになりますね。

翻訳という仕事は他人(読者)の目を自分の中に取り込む一面があると思いますが、悪文でも意味を理解できてしまう人は他人の目を意識しにくいと思います。

柴田元幸さんといえば、翻訳のスピードが速いことでも有名。

謙虚な発言の多い柴田さんが「翻訳は速い」と明言するのですから、かなりの速さなのでしょう。

1日中やれるのなら1週間で1冊訳了できると語ったこともありました。

海外の小説を原書で読んでも途中でギブアップしてしまう、というファンの相談に対しては、わからないことをためないようにとアドバイス。

時には徹底的に理解すると決めて、辞書を引きながら読むことをすすめています。

また翻訳に英会話力は必要かという質問に対しては、話せるにこしたことはないけれど、役に立つのは圧倒的に受験英語の知識と回答。

「読めて訳せるのに話せない」という優秀な翻訳者は大勢いると述べています。

出版翻訳を志す人の英語勉強法としては、柴田さんの著書『翻訳教室』『生半可版英米小説演習』もおおいに役に立ちそうです。

柴田元幸と小沢健二・村上春樹の関係

柴田元幸さんは2014年に東京大学を退任し、名誉教授となりました。

小沢健二さんが東大在学中に柴田ゼミにいたことはよく知られていますね。

小沢さんは1968年4月生まれで1浪しているそうなので、大学入学は1988年でしょうか。

フリッパーズ・ギターのプロデビューも解散も在学中ということになります。

学生のオザケンと先生である柴田さんの師弟対談が企画されたこともありました。

先生の引っ越し作業を手伝った際にレコードを数百枚もらったこと、その中には値打ち物の名盤もあったこと、翻訳をする時に流している音楽のことなど、音楽や文学について和気あいあいと語り合っています。

先生と話しているとは思えないほどくだけた口調の小沢さんに少し驚きますが、この時だけこういう話し方をしていたとは考えにくいので、おそらくゼミも同じような雰囲気だったのでしょう。

1986年頃からは知人の翻訳のサポートもしていた柴田元幸さん。

アメリカ文学・映画研究者の畑中佳樹さんから誘われて、村上春樹さんの翻訳原稿『熊を放つ』のチェックをすることになりました。

二人の親交がはじまったのはこの時です。

大学院で勉強した経験があったからこそ、村上春樹さんのような優れた翻訳者の訳文をチェックする機会に恵まれ、訳し方を学べたと振り返る柴田さん。

のちに『翻訳夜話』『本当の翻訳の話をしよう』などの共著を出版しています。

柴田元幸は母校・東京大学の元教授

柴田元幸さんは東京大学文学部英文科を卒業していますが、理系から文系に転向したのは高校3年生の夏でした。

文学部を志望したのは、将来サラリーマンや官僚になるのは気が進まなかったから。

東京大学を選んだのは授業料が安かったことと、自宅が都内だったことなどが理由だそうです。

その後は同大学院へ進み、1984年に博士課程単位取得満期退学。

学部で6年、院で5年の学生生活を経て、東京学芸大学の専任講師になりました。

その理由も、大学院に進んだら大学の教師になるのが手っ取り早かったからだそう。

1988年には母校・東京大学の助教授に着任し、教授に就任したのは2004年でした。

アメリカ文学の専門家ということで、しだいに翻訳の仕事が舞い込むようになったということです。


こうしてみると、けっこう成り行きの人生にも見えてきます。

子供時代に本の虫でなくても翻訳の仕事はできるという好例になれればうれしいと語る柴田元幸さん。

翻訳の技術はもとより、日本で知名度ゼロの作家を紹介していきたいという使命感が柴田元幸ブランドをつくりあげたのかもしれません。

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