室生犀星は猫好きエピソード。愛猫ジイノと火鉢、猫のうたについて

抒情詩人として知られ、『杏子っ子』や『あにいもうと』など名作小説も残した室生犀星(むろう さいせい)。

猫好きで知られる作家は多いですが、彼もまたかなりの愛猫家でした。

今回は犀星の猫好きな一面、SNSで「かわいい」と評判になっている愛猫ジイノと火鉢の写真をご紹介します。

併せて犀星作『猫のうた』について見ていきます。

室生犀星のプロフィール


本名:室生照道

生年月日:1889年8月1日

死没:1962年3月26日

身長:不明

出身地:石川県金沢市

最終学歴:長町高等小学校(現在の金沢市立小将町中学校)中退

室生犀星は猫好き

犀星は動物好きで知られた作家ですが、とくに猫には心惹かれていました。

生涯で合計10匹ほどの猫を飼っていたようです。

晩年は決して裕福ではありませんでしたが、ミュン子、ジイノ、ツマロという3匹の猫を飼っていました。

さらに鉄とゴリという2匹の犬も飼っていたそうです。

犀星は私生児として生まれたため、幼少期は愛情に飢えていたはず。

だからこそ家族や動植物に、自分が注がれることのなかった深い愛情を注いでいたのでしょう。

ちなみに小説『蜜のあわれ』は、赤い金魚と老人が会話する不思議な作品で、二階堂ふみさんが金魚を演じた映画が話題となりました。

動物の気持ちを考え、彼らを思いやっていた犀星だからこそ、魚と人間の絶妙なやり取りを創作できたのでしょう。

愛猫ジイノと火鉢の写真

犀星が愛したペットの中で、もっとも有名なのが、雄猫ジイノです。

主人の傍らで、火鉢に両前脚をかけて暖を取る姿が写真に残っており、SNS上で「かわいい」と話題になりました。

犀星はジイノのために火鉢の熱さを調整してあげるほど、思いやりながら接していました。

「火鉢が曇って困る」とぼやきながらも、嬉しそうに火鉢の曇りを拭いていたそうです。

幸せそうな表情でくつろぐ犀星とジイノの姿に、思わず笑みがこぼれた人も多いでしょう。

ジイノは1957年、東京馬込の犀星宅に迷い込んできました。

犀星の長女朝子さんが、イタリア映画に出て来るアンジェリーノ少年に似ているため、「アンジェリーノ」と命名。

名前が長いためか、やがて省略され「ジイノ」と呼ばれるようになるのです。


今では「火鉢猫」として知られるジイノ。

きっかけはある冬の日、火鉢の前で丸くなっていたジイノの背中とおしりを、犀星が火鉢に近づけてあげたこと。

するとジイノは両脚を火鉢のふちにかけたため、人間が両手を火にあてているような格好になったのです。

金沢市千日町にある「室生犀星記念館」の入り口には、火鉢にあたるジイノのオブジェが展示されています。

さらに記念館では、ジイノのハンカチや箸置き、しおりなど関連グッズが多数販売されています。

時を超えて、人々を魅了してやまないジイノ。

犀星に詳しくない人でも、ジイノの愛らしい姿を求めて、記念館に足を運ぶ価値はあるでしょう。

室生犀星作、猫のうた

愛猫家として知られた犀星は、猫への愛をつづった詩『猫のうた』を残しています。

詩集『動物詩集』に収録された作品です。

詩は、「猫は時計のかはり(代わり)になりますか」で始まります。

実用性はないにもかかわらず、どこの家庭にも猫がいることに言及し、人間を癒してくれる猫の魅力を描出。

また猫が鋭く人間の本質を見抜き、懐く場合と懐かない場合があることに触れ、猫の観察力について詠い上げました。

あらゆる動物をいつくしんだ犀星は、同作のほか『犬のうた』や『べに鯛のうた』に加え、『冬の蠅のうた』も創作。

犀星の作品からは、自然や動物への深い愛情と、人間よりも鋭い本能への敬意までもが感じられますね。

犀星自身は実の両親と幼くして別れ、寂しい幼少期を送りました。


だからこそ、家族や動物に同じ思いをさせまいと、限りない愛情を注いだのです。

犀星の優しい人柄がにじみ出ている作品に触れることで、目まぐるしい日々を忘れ、ほっこりしたひと時を過ごせるでしょう。

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