東映の清純派女優として活動し、特撮ドラマ『キャプテンウルトラ』でお茶の間に知られた城野ゆき(じょうの ゆき)さん。
1973年のテレビドラマ『愛よさよなら』以降はメディア出演していませんが、現在はどのように過ごしているのでしょうか。
またブログの停止と女優引退の情報を確認し、『キャプテンウルトラ』で演じたアカネ隊員の詳細をチェック。
最後に経歴をまとめます。
城野ゆきのプロフィール
本名:女井和代
生年月日:1945年6月5日
身長:162cm
出身地:山口県萩市
最終学歴:女子美術短期大学
城野ゆきの現在。ブログは閉鎖、女優引退は否定
城野さんは2023年現在、78歳です。
1970年代以降、表立った活動をしておらず、今はどのように過ごしているかわからない状況です。
スキューバダイビングや日本舞踊に取り組んできた多趣味な人のため、おそらく趣味に浸りながら暮らしているのでしょう。
2010年頃、城野さんはブログ発信を始めました。
代表作『キャプテンウルトラ』に関する貴重資料やエピソードを公表し、往年のファンを楽しませてきたようです。
「キャプテンウルトラ」のアカネ隊員こと、城野ゆきさんがブログをやっていたんだね。ブログには、むかしの画像なんかもある。「キャプテンウルトラ」当時のお姉さんキャラとはちがうセクシーさもすばらしい。 http://ow.ly/2Bw2s
— 柴尾英令 (@baoh) September 9, 2010
ブログのタイトルは、「アカネ隊員=城野ゆき 私は今現役です」でした。
彼女の出演作は、映画は石原プロの『蘇える大地』(71年)、ドラマは『愛よさよなら』(73年)が最後です。
以降は女優として活動しておらず、一説ではペット業界で働いていたとのことでした。
引退こそ表明していないものの、事実上は女優を引退していたといえるでしょう。
しかし「現役です」というタイトルから考えると、自身としては「現役女優である」という気持ちを抱いていたのかもしれません。
城野さんは女優活動に限界を感じ、一般人として生活するようになったのでしょう。
しかし『キャプテンウルトラ』のファンがいる限りは、期待されているサービスを彼らに提供したいと考えていたはず。
だからこそブログを通して、ファンたちに貴重な撮影秘話を共有してくれていたのかもしれません。
しかし2023年現在、城野さんのブログは閉鎖されています。
どうやら失礼なコメントが相次いだため、発信を辞めてしまったようでした。
キャプテンウルトラでアカネ隊員を演じられた城野ゆきさんがブログを開設され、キャプテンウルトラや石原プロ時代の貴重なエピソードを綴られた時期があった。ところが呆れた輩達がコメント欄に会社も何も違うウルトラセブンのアンヌ隊員とのエピソードを教えろ等々の失礼千万😡❗ブログは閉鎖された。 https://t.co/AoTXJYZY8i
— SAKAMA (@sakaman0512) September 20, 2018
ブログやSNSでの発信は、ときに悪質な書き込みの標的にされるリスクを伴います。
城野さんは純粋に『キャプテンウルトラ』のエピソードを通して、ファンを楽しませたかっただけのはず。
悪質な書き込みに悩んだ末、ブログを閉鎖してしまったのであれば、非常に気の毒ですね。
純粋に楽しみたかったファンにとっても、迷惑な話でしょう。
具体的にどのようなコメントを受けたのか確認する術はありませんが、城野さんが心に傷を負っていないことを願うばかりです。
キャプテンウルトラのアカネ隊員
城野さんといえば、『キャプテンウルトラ』で演じたアカネ隊員を連想する人は今でも多いようです。
アカネ隊員はパイオニアスクールの教官で、頭脳明晰な宇宙物理学者という設定でした。
本日4月16日は『キャプテンウルトラ』放映記念日!
本作のヒロインに君臨するアカネ隊員こと城野ゆきさん。
女教師で助手で諜報員としても有能という欲張りキャラ。
でも変装の私服姿は攻め過ぎ〜。#キャプテンウルトラ #今日は何の日 pic.twitter.com/VXEqa08ebw— 図解博士_高速バスター ミナル 再起動中 (@skull_bear) April 16, 2020
今日4月16日は「キャプテンウルトラ」放送開始日(1967)
当時、シュピーゲル号の合体分離はホーク1号より早かったわけで新鮮でした。更にバンデル星人のインパクトは大
小林稔侍のキケロのジョーが有名だけど、ロボットハックも親しみがわきました。アカネ隊員(城野ゆき)を忘れてはいけませんね。 pic.twitter.com/sQbs6V3Exk— GR-7 (@ggrasperZX) April 15, 2021
宇宙船「シュピーゲル号」を操るかっこいい姿に、魅了された人もいるでしょう。
スタイル抜群の美女にして、頭脳明晰な諜報員という役柄は、多くの子供たちの憧れだったといえますね。
城野ゆきの経歴まとめ
城野さんはアカネ隊員のイメージが強すぎるため、ほかの作品での役柄が思いつかないという人もいるでしょう。
彼女は元々デザイナー志望で、美術大学に在学しながらファッションモデルとして活動していました。
モデル時代に見たキャサリン・ヘップバーン主演の映画『旅情』(55年)に感動し、女優を目指し始めたといいます。
大学卒業後にスカウトされ、東映専属の女優となり、1965年に『おんな番外地 鎖の牝犬』で映画デビューを果たしました。
当時を代表する健康的な清純派女優でしたが、東映が任侠路線に移行すると、城野さんもヤクザ映画に出演するようになります。
しかし「ヤクザ映画は嫌い」と発言したことで、仕事が激減。
以降はドラマに活動の軸を移し、1969年の『愛の夜明け』や『誰よりも君を愛す』など、メロドラマに出演しました。
1968年には歌手として『マイ・ダーリン東京』を発表するものの、不調に終わります。
結果的には1967年からスタートした『キャプテンウルトラ』が、彼女の出演作の中では最大のヒット作となりました。
当時彼女は、「アクションものが好きなため、頑張って取り組んでいます」とコメントしています。
自分が好きなジャンルのドラマで、視聴者も楽しませることができたため、満足していたのでしょう。
女優活動もブログ更新も停止してしまった城野さん。
今も元気に過ごしていることがわかれば、根強いファンたちにとって、ささやかな救いになるでしょう。
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