緑魔子の現在。娘は阿礼。夫・石橋蓮司と別居中。経歴まとめ

日本人離れした美貌と大胆なヌードで人々を魅了した緑魔子(みどり まこ)さん。

2021年で77歳を迎えましたが、最近はどのように過ごしているのか確認しましょう。

また娘の阿礼さんの詳細、夫の石橋蓮司さんとの別居生活について見ていきます。

併せて女優としての経歴もチェックしましょう。

緑魔子のプロフィール

本名:石橋良子

生年月日:1944年3月26日

身長:157cm

出身地:宮崎県児湯郡高鍋町

最終学歴:宮崎県立宮崎大宮高等学校

所属事務所:オフィスロータス

緑魔子は現在も女優

美しい肢体と甘い声で強烈な存在感を放っていた魔子さん。

70年代において、同じく小悪魔的女優だった加賀まりこさんと共に人気を獲得しました。

2021年現在は表立った活動をしていないものの、芸能事務所「オフィスロータス」に所属する現役の女優です。

最近では2012年のNHKドラマ『キルトの家』や、2016年の大阪ABC設立記念スペシャルドラマ『氷の轍』に出演しています。

高齢ということもあり、新型コロナウイルスが流行し始めた2020年以降は活動をセーブし、体調管理を優先させているのでしょう。

引退を表明していないことから、いずれ折を見て映画やドラマに出演しようと考えているのかもしれません。

2018年には東京の名画座「ラピュタ阿佐ヶ谷」で、魔子さんの特集上映が行われました。

特集では、家出娘に扮した『非行少女ヨーコ』(66年)や、美貌のモデルを演じた『盲獣』(69年)などの代表作を上映。

劇場を訪れた根強いファンたちは、魔子さんの美貌を堪能し、けだるい60~70年代の雰囲気を楽しんだのでしょう。

緑魔子の娘は阿礼

魔子さんには、俳優の石橋蓮司さんとの間に、阿礼さんという一人娘がいます。

2人は1976年、廃墟を使った演劇で知られる劇団「第七病棟」を設立し、公私共にパートナーとして歩んできました。

2人は『あらかじめ失われた恋人たちよ』をはじめとした映画で何度か共演し、交際を始めます。

石橋さんが彼女のマンションに転がり込んでからは、同棲生活を送りました。

同棲中に生まれたのが、阿礼さんです。

2人は高橋和巳さんの小説『邪宗門』が好きで、同作に登場する教主の娘と同じ名前を娘につけました。

個性派俳優カップルらしく、娘の名前もユニークですね。

出生届を出す際、魔子さんは、「未婚の母があるのだから、きっと未婚の父でもいいんじゃない」と言ったそうです。

そこで石橋さんは出生届に、娘の名前を「石橋阿礼」と記入しました。

しかし未婚の父は認められなかったため、魔子さんの本名「小島姓」で記入し直したそうです。

阿礼さんが小学校に進学した際、担任教師が、「手続きが面倒になるから、籍を入れたら」と提案。

結果、2人は1979年に結婚し、娘の名前は晴れて「石橋阿礼」となりました。

個性的な両親のもとで育った阿礼さんですが、芸能界には進まず、一般人として暮らしてきたようです。

もしかすると自由気ままな両親に振り回されることが多く、「芸能人にだけはなりたくない」と考えてしまったのかもしれませんね。

夫の石橋蓮司とは別居生活中

魔子さんと石橋さんは2021年現在も籍を入れており、長年夫婦生活を送ってきました。

しかし1980年代以降、「一緒にいるとケンカになる」という理由から別居を開始。

石橋さんはほとんど自宅に戻らず、仕事場で過ごすようになりました。

2012年には女性誌が、石橋さんと30代女性の不倫疑惑を報じます。

彼自身は、「家事をやってもらっている」と交際を否定しました。

石橋さんは若い頃から女遊びが派手だったため、別居生活中に何度も疑わしい行動を取っていた可能性はありそうです。

ただ石橋夫婦は、部外者には理解できない特別なきずなで結ばれているのでしょう。

魔子さんは女遊びをする夫を受け入れ、遠くから見守り続けるスタンスを貫いているのです。


近くにいれば破局してしまうものの、遠くで結ばれている分には、わざわざ離婚手続きをしなくても快適に過ごせるのでしょう。

一般人には想像できない、変わり者の大物夫婦同士のやり方で、添い遂げるつもりなのかもしれませんね。

緑魔子の経歴まとめ

魔子さんは貧しい家庭に育ち、家庭教師のアルバイトをしながら高校を卒業しました。

本当は大学へ進学し英語関係の仕事に就きたかったそうですが、経済的に断念します。

高校卒業後は上京し、家政婦やバーのホステスとして働きながら、女優を目指しました。

NHK演技研究所で演技を学び、東宝ニューフェイスのオーディションに合格。

東宝テレビ部に所属し、1964年に東映映画『二匹の牝犬』で、見事なヌードを見せて鮮烈なデビューを飾ります。

以降は東映専属女優として活躍しますが、ひたすら「脱ぐ役」ばかり演じていることに限界を感じ始めました。

岡田茂監督に不満を訴えた結果、東映を解雇され、不遇の一時期を過ごします。

しかし徐々に、東映外の有名監督たちから重宝されるようになりました。

山田洋次監督の松竹映画『吹けば飛ぶよな男だが』(68年)をはじめ、有名な監督や俳優たちとの仕事に全力投球し始めます。

さらに1970年以降は、佐藤信さん主宰の黒テントのようなアングラ演劇に出演。

1976年には石橋蓮司さんと劇団「第七病棟」を旗揚げしました。


圧倒的な個性と肉体を武器に、映画や舞台で幅広く活躍する女優となった魔子さん。

彼女は今も女優としての誇りを抱き続けながら、次回の仕事へ向けて心身の鍛錬を続けているのかもしれませんね。

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