磯野洋子の現在。女優とアナウンサーの経歴?夫は版画家&兄弟について

和服美人の女優として、時代劇をメインに活動していた磯野洋子(いその ようこ)さん。

2023年は79歳となりますが、お元気で過ごしているのでしょうか。

今回は磯野さんの近況と、女優のほかアナウンサーとしての経歴があるのか確認します。

併せて、夫と兄弟に焦点を当てて家族情報を見ていきます。

磯野洋子のプロフィール

本名:長谷川洋子

生年月日:1944年3月16日

身長:157cm

出身地:東京都

最終学歴:文化学院専門課程

磯野洋子の現在

『大江戸捜査網』や『水戸黄門』など、数々の時代劇で活躍していた磯野さん。

1997年のNHKドラマ『新・花へんろ』以降は、舞台に活動の軸を移したようで、メディア出演はしていません。


また2023年現在はパリで暮らしていることがわかっています。

移住した正確な時期は不明ですが、後述する夫がパリを拠点に活動しているため、日本を離れることにしたのでしょう。

日本での芸能活動に見切りをつけ、パリで海外リポーターとして活動しながら、夫婦で暮らしてきたようですね。

ピアニストの水上裕子さんがパリを訪れた際、磯野さんから虫刺され用のスプレーをプレゼントしてもらったそうです。

水上さんは、「寒いヨーロッパで虫刺されスプレーは必要ない」と考え、荷物の奥にしまい込みました。

しかしパリを発ったのちに訪れたルーマニアは、何と気温が45度で、虫刺されに苦しんだそうです。

磯野さんがそこまで見越してスプレーをプレゼントしたのかは不明ですが、水上さんにとってはありがたかったことでしょう。

年齢を重ねても美貌と気品をキープしている磯野さん。

ちょっとした心遣いもあるからこそ、パリの人々にも慕われているに違いありませんね。

磯野洋子は女優で、アナウンサーの経歴はなし

磯野さんは文化学院専門課程を卒業後の1966年、映画『カミカゼ野郎 真昼の決斗』で女優デビューしました。

和服美人だった彼女はテレビの時代劇や舞台をメインに活躍。

また「川口浩探検隊」のリポーターも務め、お茶の間で知られる存在となりました。

磯野さんをアナウンサーだと考えた人もいるようですが、正式にアナウンサーとして就職した経歴はありません。

リポーターを務めている彼女を見て、アナウンサーだと思い込んだ人がいるのかもしれません。

またNHKの礒野佑子アナウンサーと、混同してしまった人も多そうですね。

2人は名前が似ているだけで、とくに関係はありません。

ただいずれも美人リポーターのため、「2人が親子では」と考える人がいるとしても不思議ではないですね。

磯野洋子の夫は版画家・長谷川彰一

磯野さんの夫は、国内外で活躍する画家の長谷川彰一さんです。

1961年に渡仏して以来、ピカソやミロも学んだヘイターのアトリエで修業しました。

カラーエッチングとアクアチントの技法を活かし、パリや各国で個展を開催。

やわらかいタッチでファンタジックな世界を浮かび上がらせる長谷川作品は、海外でも高い人気を誇ってきました。

さらに版画やリトグラフ、油彩画、セラミックアートも手がけており、活動は多岐にわたります。

2023年に94歳を迎えますが、今もパリ近郊の自宅で暮らしながら、意欲的に作品を発表しています。

磯野さんも彼と共にパリで暮らしてきました。


世界的な画伯である夫を、「彰ちゃん」と愛称で呼んでいるといいます。

売れない時期もあったという夫に寄り添い、支えてきたのでしょう。

それぞれの得意分野を活かしながら寄り添い合う、すてきなご夫婦といえますね。

磯野洋子の兄弟は?

磯野さんの兄弟について気になる人は多いようです。

しかし彼女に兄弟がいるのか、詳細は不明でした。

おそらく先述の磯野佑子アナウンサーと、年齢差がわからず、「兄弟」と考えた人がいるのかもしれません。

結果的に磯野さんの兄弟に関する検索ボリュームが上がってしまったのでしょう。

実際に兄弟がいるとしても、情報がない以上は一般人のはずです。

磯野さんとしては実家の家族について、あまり知られたくないため、情報公開を避けてきたのかもしれませんね。


もしかすると実家の家族は、ほとんどの人がすでに亡くなっている可能性もあります。

それでも磯野さんは、最愛の家族である夫と共に、満ち足りた生活を送っているのでしょう。

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