内田光子は結婚して子供と夫がいる?姉は?父親は外交官。国籍はイギリス

1972年からロンドンを拠点に活動してきたベテランピアニストの内田光子(うちだ みつこ)さん。

今回は、謎に包まれてきた内田さんの私生活について見ていきましょう。

結婚して子供と夫がいるのか見ていき、姉、外交官だった父親の情報を確認。

併せて、イギリス国籍を取得した理由に迫ります。

内田光子のプロフィール

本名:内田光子

生年月日:1948年12月20日

身長:非公表

出身地:静岡県熱海市

最終学歴:ウィーン音楽院

所属事務所: Kathryn Enticott

内田光子は結婚しておらず子供はいない

まず内田さんが結婚しているのか見ていきましょう。

結論から述べると、内田さんは結婚していません。

これまで一流のピアニストとして、ヨーロッパを中心に活動してきました。


1982年にロンドンのウィグモア・ホールで行われたピアノ・ソナタ連続演奏会で絶賛されて以来、クラシック音楽界の第一線を疾走。

各国を飛び回る生活を送っていたため、おそらく結婚する余裕はなかったのではないでしょうか。

子供がいるのか気になる人は多いようですが、結婚していないため、当然子供はいません。

特に養子を取ったという情報もありませんでした。

だた一人暮らしをしてきたわけではなく、長年パートナーと支え合いながら日々を送ってきたようです。

内田光子に夫はいないがパートナーが存在

内田さんに結婚歴はないため、正式な夫はいません。

ただ長年一緒に暮らしてきたパートナーがいます。

パートナーはイギリス人で、名前はロバート・クーパーさんです。

1947年生まれで内田さんより1歳年上。

肩書きはEU理事会対外関係担当事務局長です。

オックスフォード大学を卒業後、アメリカ合衆国のペンシルベニア大学に留学しました。

その後は英国外務省に入省し、外交官として活躍します。

外務省政策企画局では責任者となり、2002年までアフガニスタン英国特別代表も務めてきました。

政治外交についてつづった優れた書籍として世界的に知られる『国家の崩壊 新リベラル帝国主義と世界秩序』の著者でもあります。

2005年にはイギリスの政治経済を扱うプロスペクト誌から「世界最高の知性100人」に選ばれました。

国際的に活躍する優秀な人材であることがわかりましたね。

内田さんとクーパーさんがいつ頃どのように出会ったのかは不明ですが、非常に長くお付き合いをしてきたようです。

イギリスを拠点に活躍する有名人同士、敬意を抱きながら交際してきたに違いありませんね。

2人とも正式に結婚せず、お互いの仕事に支障が出ないよう、付かず離れずの適度な距離を保ってきたのでしょう。

内田光子に姉がいるか不明

内田さんの姉について気になる人は多いようです。

調べたところ、内田さんに姉がいるかは不明でした。

家族の情報をあまり公表していないため、やはり私生活は謎に包まれている印象があります。

ただお兄さんが1人いることはわかっています。

お兄さんがピアノを習っていたため、内田さんもピアノを始めたそうですよ。

ピアニストの道を進むうえで、お兄さんが重要な役割を果たしていたのですね。

家族ぐるみで交流してきた黒柳徹子さんは、かつて内田さんのお兄さんと会ったことがあるそうです。

一緒にパンダを見に行ったそうですから、お兄さんとも非常に仲良くなれたようですね。

内田光子の父親は外交官

内田さんの父親は内田藤雄さんという名前で、西ドイツ大使を務めた経験のある外交官でした。

父親の仕事の都合で12歳のときに渡欧し、オーストリアのウィーン音楽院で学び始めました。

もし父親が外交官でなければ、ヨーロッパの音楽環境を知ることもなく、ピアニストになっていなかった可能性もあるそうです。

内田さんは家族から多大な影響を受けながら、ピアニストの道を進んで行ったのですね。

内田光子の国籍はイギリス

内田さんは12歳でウィーンに渡った後、イギリスのロンドンを拠点に選びました。

日本でもコンサートやリサイタルに出演してきたものの、日本国籍を捨てて、イギリス国籍を取得します。

イギリス国籍を取得した理由は単純でした。

日本政府が二重国籍を認めていないためです。

イギリスで暮らしながらも、日本のパスポートしか持たないピアニストは、海外で仕事するのが難しいという事情があります。

日本のパスポートしか持っていないと、スイスやイタリアで仕事をしたくても、ビザを取れず許可してもらえなかったのです。

申請する度にパスポートを1週間も手放し、複雑な手続きをする必要がありました。

現在は条件が緩和されたものの、当時はピアニストとして海外で活動するハードルが非常に高かったのです。


内田さんはやむを得ない事情により日本国籍を手放しました。

それでも日本人のアイデンティティーは強く感じており、今でも母国のことは好きだそうですよ。

トップピアニストとなった今では、ビザの取得に苦労した出来事も、懐かしい思い出になったのではないでしょうか。

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