『巨人の星』『いなかっぺ大将』『荒野の少年イサム』など、日本漫画史に残る名作で知られる川崎のぼる(かわさき のぼる)さん。
今回は83歳を迎えた2024年現在の近況を追うとともに、なぜ「 娘」「事件」のキーワードで検索されているのか、また移住した熊本の菊陽町(きくようまち)についてまとめました。
川崎のぼる、現在(2024)は絵本作家として活動
昭和の時代にはスポ根漫画からギャグ漫画、さらには西部劇漫画まで、硬軟自在の連載を続けた川崎のぼるさん。
1967年からの36年間は東京の三鷹市在住で、漫画家として多忙をきわめた時期を三鷹ですごしていました。
熊本県菊池郡菊陽町へ移住したのは2003年のこと。
ご本人は大阪府大阪市生まれですが、熊本県には妻の実家があるそうです。
すでに80代の高齢とはいえ、川崎さんはいまだ現役で活躍中。
熊本では絵本作家として活動するかたわら、学校などに設置される壁画レリーフの原画制作や、観光PR用のキャラクターデザインを手がけるなど、地域に密着した活動にも取り組んでいます。
『五木の子守唄』で知られる五木村のゆるキャラ・いつきちゃんもそのひとつ。
2009年9月に誕生したいつきちゃんは、五木村の依頼を受けた川崎さんが創案した子守娘のキャラクター。
誕生から10年が過ぎた2020年には、ちょっぴり成長したいつきちゃんがねじり鉢巻きで太鼓をたたいたり、東京五輪を応援したりするイラストも制作されました。
川崎さんは発表会見で、「おとなしいイメージの殻を破って、少しやんちゃないつきちゃんを描いた」とコメント。
また2022年1月には、親交のあった野球漫画の第一人者・水島新司さんの訃報を受けて、「また大切な同志を亡くしてしまい、さびしい」と、その死を悼みました。
人間ドラマに軸をおいた『巨人の星』に対し、野球そのものに特化した作品を数多く発表した水島新司さん。
今日は僕にとって声優を目指すキッカケとなった作品『巨人の星』の川崎のぼる先生(熊本在住)のアトリエに初めてお邪魔した🎶素敵な原画の数々に感動(*゚∀゚*) pic.twitter.com/EJDKNO7lad
— 古谷 徹 Toru Furuya (@torushome) December 16, 2016
川崎さんにとっては、ほぼ同時期にデビューした同期のような存在だったそうです。
川崎のぼるの娘の事件とは
「娘」「事件」といったキーワードで検索されている川崎のぼるさんですが、娘に関する情報はなく、娘がいるかどうかは確認がとれませんでした。
ちなみに『オーイ! とんぼ』をはじめ、多くのゴルフ漫画を手がけている漫画原作者・かわさき健さんは息子です。
もともと健さんはプロゴルファーをめざしていましたが、断念。
その後、父のもとで漫画原作を学んだ経験をもちます。
以前紹介したゴルフマンガ「オーイ!とんぼ」の原作者:かわさき健先生は熊本在住だにゃ。マンガ界のレジェンド川崎のぼる先生の息子さんだにゃ。かわさき先生の書くゴルフマンガには熊本のゴルフ場がたくさん出てくるにゃ。 #マンガ県くまもと #かわさき健 #川崎のぼる #ゴルフマンガ pic.twitter.com/YbhznfCCiy
— マンガ県くまもと研究会 (@mangaken1592) February 17, 2022
川崎のぼるさんの娘の事件に関心が寄せられるのは、おそらく梶原一騎さんと混同されているからでしょう。
梶原さんは台湾の有名タレント・白冰冰(パイ・ピンピン)さんと結婚して娘をもうけました.
しかし、梶原さんの娘は1997年4月14日に誘拐され、のちに殺害されています。
台湾の犯罪史上最大の誘拐事件といわれる、白暁燕(パイ・シャオイェン)事件です。
のちに国民的アニメとなった『巨人の星』は、作画を担当したのが川崎さん、原作を担当したのが梶原さんであり、お二方とも「『巨人の星』で知られる~」などと紹介されることが多いため、勘違いされやすいのかもしれません。
川崎のぼるが移住した熊本の菊陽町とは
移住した熊本県菊池郡菊陽町は、熊本県中部に位置する人口約44,000人の町。
熊本市の中心部まで電車で20分、バスで30分という利便性から、近年はベッドタウン化が進んでおり、人口増加率は全国においてもトップクラスなのだそう。
また全国でも指折りの人参の産地であり、菊陽人参が特産品。
菊陽産の人参と米を使用したキャロット焼酎「酔紅(よいべに)」のラベルデザインは川崎さんによるものです。
菊陽町図書館には『巨人の星』『いなかっぺ大将』など、100冊を超える作品がご本人より寄贈されています。
2016年の熊本地震の際は、被災者を励ます「くまモン頑張れ絵」に参加した川崎のぼるさん。
描いた応援イラストは、『巨人の星』の主要キャラクター・左門豊作とくまモンでした。
ちばてつやさんのブログによると、もっとも被害が甚大だったのが菊陽町のすぐ隣の益城町だったとのこと。
深い地元愛をこめて描いたイラストであることは想像にかたくありません。
昭和・平成・令和を通じて絶大な認知度を誇る『巨人の星』。
60年をゆうに超える画業のなかで、川崎のぼるさんが日本漫画に残した功績は多大なものがあります。
今後も熊本で長く創作活動を続けてほしいですね。
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