小渕恵三はなぜ冷めたピザと呼ばれた?株上がれ&平成おじさんで人気に。メガネや評価について

小渕 恵三(おぶち けいぞう)さんは総理大臣や官房長官を務めた政治家ですが、それ以上に”冷めたピザ”や”平成おじさん”として幅広い層から親しまれました。

そんな中、様々なニックネームの由来や実績が再評価されているそうなので、今回は小渕さんの愛称やメガネ、総理としての働きを見ていくことにしましょう。

小渕恵三のプロフィール

本名:小渕 恵三 (おぶち けいぞう)

出身地:群馬県吾妻郡中之条町

生年月日:1937年6月25日

没年月日:2000年5月14日(62歳没)

最終学歴:早稲田大学(第一文学部)卒業

主な肩書:内閣総理大臣(第84代) / 内閣官房長官(竹下内閣)

小渕恵三の「冷めたピザ」は皮肉から生まれた

小渕恵三さんには数多くのニックネームがありますが、もっともインパクトがあったのは1998年の新語・流行語大賞にもランクインした「冷めたピザ」でしょう。

この言葉は小渕さんの総理就任時に、日本政治を研究していたジョン・ニューファーさんがニューヨーク・タイムズ誌の取材に対して述べた痛烈なコメントでした。


アメリカで「Obuchi has all the pizzazz of a cold pizza」が話題になり、冷めたピザというワードが日本でも大きく報じられて流行語になったのです。

ちなみに、文中の”pizzazz”は精力的や活気があるという意味なので、ピザとピザーズで韻を踏んでいるのでしょう。

意味は活気が無く魅力的ではないという厳しめのニュアンスでしたが、そのおかげで”TIME”の表紙を飾ることになったのは何とも不思議な縁と言えますね。

一連の騒動で外務省が不快感を示す事態に発展しましたが、当の小渕さんは記者にピザをふるまったり、ニューファーさんに意味を聞くなど意に介しませんでした。

結果的に小渕さんが冷めたピザだったかどうかの評価は人それぞれですが、表に出ていなかったユーモア性を引き出したエピソードだったことは間違いありません。

小渕恵三の「株上がれ」発言で本当に株価上昇

次は小渕恵三さんにまつわる嘘のような本当の話を見ていきます。

1998年、栃木県の農家を視察した際に野菜の蕪(かぶ)を見つけ、景気回復の意味を込めて「カブ上がれー!」というパフォーマンスを披露しました。

その日のニュースでは少し冷ややかに報じられましたが、実際に翌日の日経平均株価は上昇し、翌年以降もジワジワと上がり続けて2万円台に回復したそうです。

経済の専門家からすると無意味に見える行為だとしても景気は気分に左右される部分があるので、尽くせる手は全て尽くすと言ったところかもしれませんね。

ちなみに、このパフォーマンスはその後も受け継がれており、海江田万里さんや安倍晋三さんもカブを持ち上げています。

思惑は色々とあるでしょうが、少しでも株価を上げようとする熱意は十分に伝わりました。

ただ、このフレーズは政界だけでなく一般社会の”宴会”でもしぶとく生き残っているらしく、元ネタを知らない若手社員を困らせているという側面もあるそうです。

平成おじさんと総理時代のメガネは違う

この項目では小渕恵三さんのメガネの変化について見ていきましょう。

まず、テーマの「平成おじさん」について改めて紹介しておきますと、竹下内閣で官房長官をしていた時に新年号「平成」を発表したことから付けられた愛称です。

街中で「平成おじさん」と若者からも声を掛けられるほどの人気者になり、陽気な人というイメージで好感度が上がったことが総理の座に繋がったと言えるでしょう。

ちなみに、のちの「令和おじさん」こと菅義偉さんも官房長官から総理大臣になっているので、これまでの年号おじさんが総理になる確率は驚きの100%でした。

さて、今回注目していただきたいのは小渕さんが着けているメガネです。

詳細なブランドは分かりませんが、割とガッシリしたタイプのデザインでした。

その後、小渕さんは橋本内閣の跡を継ぐ形で総理になりましたが、その時のメガネは「平成おじさん」の時とは少し違う形になっていたのです。

レンズの下側にフレームが無いタイプのメガネに替わっており、オシャレになって親しみやすい雰囲気になっていました。

実は小渕さんに限らずメガネでイメージチェンジを図る政治家は珍しくなく、元総理の池田勇人さんも金属製からアメ色の親しみやすいデザインに変えたそうです。

政治家は人気商売という面も少なからずあるので、周囲が思っている以上に見た目に気を遣っているのかもしれませんね。

小渕恵三の粘り強い政治スタイルは高く評価されている

最後に平凡と言われることが多い小渕恵三さんの評価について見ておきましょう。

面白いニックネームが多いことから”陽気なおじさん”というイメージを持ってしまいますが、総理大臣としての小渕さんは非常にしたたかで粘り強い人物です。

参議院選挙で大敗した橋本政権の跡を継いだことから評判は良くなく、しかも参議院は野党が多数という厳しい場面での登板なので苦労は目に見えていました。

経済状況が良くなかったことから財政再建から積極財政に転換し、大きなテーマだった金融再生法案は野党の法案を丸のみするなど屈辱も味わっています。

表では笑顔を絶やさず野党と対話を続ける一方、裏では野党だった公明党や自由党との連立を模索するなど陽気な人だけではない「寝業師」の顔も見せました。

衆参で多数を占めるようになってからは周辺事態法や「国旗・国歌法」を成立させつつ、男女共同参画社会基本法という将来の社会を見据えた法律を制定。

外交面でも親中派と言われながらも中国とは是々非々で向き合い、韓国やアジア諸国との関係改善に努めるなど地味ながらも中々の実績を残しています。

中曽根康弘さんは中身が無い意味の「真空総理」と評価していたそうですが、ねじれ国会を克服して数々の法案を成立させたことは立派な実績と言えるでしょう。


また、賛否は分かれますが公明党との自公連立の礎を築き、自分だけでなく後世の政権運営にまで大きく貢献をしています。

小渕さんの評価は人によって大きく分かれますが、派手さは無いが泥臭く仕事をこなすという日本人が好きなタイプの政治家だったと言えるでしょうね。

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