東郷平八郎がイケメン。若い頃の画像&松本人志に似てる。身長は低い、遺髪は現存

日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破り、日本の勝利に貢献した英雄と言われてきた海軍軍人・東郷平八郎(とうごう へいはちろう)。

実は非常にイケメンで、特に若い頃は俳優のような美貌の持ち主でした。

今回は東郷のイケメン画像を紹介しつつ、ダウンタウンの松本人志さんに似ているという情報も確認します。

また身長が低かったという情報、現存している遺髪の詳細も見ていきます。

東郷平八郎のプロフィール


あだ名:東洋のネルソン

幼名:東郷仲五郎

生年月日:1848年1月27日(弘化4年12月22日)

死没:1934年5月30日

身長:推定153cm

出身地:薩摩藩(現在の鹿児島県鹿児島市加治屋町)

最終学歴:バーニーズアカデミー(海軍予備校)

東郷平八郎のイケメン画像

東郷平八郎は薩摩藩士から海軍軍人となり、世界最強クラスの戦力を誇ったバルチック艦隊を破りました。

歴史の教科書に写真が掲載されていたはずですが、「どんな顔だったかすっかり忘れてしまった」という人もいるかもしれません。

東郷の有名な顔写真は以下です。

カリスマらしい雰囲気と威厳に満ちた顔立ちが、まるで俳優のようですね。

年齢を重ねても非常に男前ですから、若い頃はさらに美男子だったのではないでしょうか。

東郷平八郎は若い頃から美男子で芸者にモテた

先ほどの東郷の写真を見ても、最近の若者の中には「怖そうなおじさん」という印象しか抱けない人もいるかもしれませんね。

確かに現代ではもう少し細身で、優しい雰囲気の男性の方が好まれる傾向にあります。

東郷のような威厳のある男性が苦手な人がいるとしても不思議ではありません。

しかし若い頃の東郷の顔を見れば、多くの若者が「イケメンだ」と感じるのではないでしょうか。

若き日の東郷は、現代でも通用する甘いマスクのハンサムな男性でした。

以下の写真には、まるで令和の若手俳優のような31歳の頃の東郷が写っています。海軍の最新技術を学ぶためイギリスに留学していた頃の姿です。

いかがでしょうか。涼しい顔立ちのハンサムで、晩年よりも穏やかそうな雰囲気が漂っていますよね。

日本帝国海軍の軍服を着用して町を歩くだけで、多くの芸者や町娘を見惚れさせていたそうです。

本人もそれを十分理解した色男で、遊び上手だったとされています。

東郷は美貌と強さを兼ね備え、世の女性たちを魅了した大スターだったのです。

東郷平八郎の松本人志に似ている画像

イケメン俳優のような美貌の持ち主だった東郷ですが、「ダウンタウンの松本人志さんに似ている」という噂が流れています。

松本さんはやや強面であり、先ほどの甘いマスクの東郷とは結び付きませんよね。

しかし年齢を重ねた東郷の写真に、確かに松本さんのように見えるものがありました。

やや上がり気味の濃い眉毛、涙袋、ほうれい線、口髭などの形がよく似ていますね。

東郷は年齢を重ねるごとに威厳を身に付け、最終的には強面の軍人となっていったのです。

女性には優しかったものの、短気で怒りっぽい性格だったそうですから、軍では「鬼の提督」として恐れられていたのかもしれませんね。

東郷平八郎の身長は150~160cm

美しいイケメンから威厳のある男前となった東郷。年齢に関係なく、芸者たちには非常にモテ続けた色男でした。

いかにも強い軍人らしさのある男性だったため、「高身長に見える」という人もいるかもしれません。

しかし実際の身長はそこまで高くなく、153cmだったという説もあります。

正確な情報はありませんが、おそらく当時の平均身長である150~160cm程度だったのではないでしょうか。

現代人に比べてかなり小柄ですが、若い頃の写真は高身長でスタイル抜群のイケメンに見えますよね。

晩年も屈強で大柄な男性に見えます。低身長であることを感じさせないほど威厳のある男性だったのです。

東郷平八郎の遺髪は海上自衛隊が保存


広島県江田島市にある海上自衛隊第1術科学校(旧海軍兵学校)は、海軍将校を養成する基地でした。

戦後アメリカ軍に接収されたのち、1956年に解除されて、現在は海上自衛隊の幹部候補生が日々訓練に励んでいます。

構内でもひと際目立つ白亜の大理石でできた建物が、教育参考館です。

「旧海軍生みの親」と呼ばれる勝海舟の書など、関連資料がおよそ1,000点展示されています。

その中には東郷の遺髪も含まれており、日露戦争の英雄として今なお尊敬の対象であり続けていることがうかがえますね。

2018年3月24日には、当時の安倍晋三首相が同校を初めて訪問しました。

安倍首相は中畑康樹第1術科学校長に案内され、幹部候補生学校を視察し、教育参考館にも足を踏み入れています。

特別に東郷の遺髪室に案内され、遺髪をじっと見つめていたそうですよ。

日本を勝利へ導いたアジアの英雄の遺髪を直接目にして、感動が胸にこみ上げてきたのかもしれませんね。


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