小川知子、谷村新司と夜ヒットの真相。幸福の科学で広告塔

小川知子(おがわともこ)さんといえば谷村新司さんとデュエットした夜のヒットスタジオ。
今も話題のあのシーンについて真相を語ったようです。
かつて幸福の科学の広告塔として話題になりましたが今もそうなのでしょうか?

小川知子と言えば夜のヒットスタジオでの谷村新司との共演

幼少期から芸能界に興味があったのか小学校5年生の頃に児童劇団に入団した小川知子さん。
デビューは1960年のテレビドラマ「ママちょっと来て」。


小川知子さんの活躍は女優にとどまりません。
ヒット曲を連発し紅白歌合戦には3年連続出場するなど歌手としても人気を博します。

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女優としても歌手としても活躍していた小川知子さん。
彼女を語るうえで外せない番組と言えば音楽番組の「夜のヒットスタジオ」。

「夜のヒットスタジオ」の第一回放送に出演した小川知子さんは数々の伝説を残しています。
その中でも有名なのが「収録中に泣き崩れた事件」と「谷村新司さんとの共演」。

まず「収録中に泣き崩れた事件」です。
小川知子さんが18歳の時に知り合い交際中だったカーレーサーの福澤幸雄さんがテスト走行中に事故死。
この訃報を番組収録前に聞いていた小川知子さんは「初恋のひと」という歌を歌いながら泣き崩れてしまいました。

続いては「谷村新司さんとの共演」。
これは1984年の「夜のヒットスタジオ」で谷村新司さんと小川知子さんがデュエット曲「忘れていいの-愛の幕切れ-」を歌っていた時のこと。
突然、谷村新司さんが小川知子さんの胸元に手を入れたのです。
この行動によって小川知子さんのもとには批判が殺到することとなりました。

2015年になって小川知子さんは

あれは(小川と谷村の)2人で勝手に決めたこと。演出じゃないのよ

と真相を明かしています。

#秀樹ありがとう❤️

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谷村新司さんと小川知子さんが決めたにせよ、演出だったにせよ物議をかもしたことには変わりありません。
今だったら絶対に放送できませんし番組に出禁となってもおかしくありません。
当時のテレビはそれだけ自由が許された時代だったということでしょうか。

共演といえば、2018年5月に逝去された西城秀樹さんとは舞台なのでも長い親交があったようです。

小川知子は幸福の科学を信仰

女優の清水富美加さんが出家したことで大きな話題となった幸福の科学。
小川知子さんは清水富美加さんよりも前に幸福の科学の広告塔として活動しています。


誰しも宗教団体の広告塔といえばイメージアップにつながるような行動を思い浮かべることでしょう。
ですが、小川知子さんは違いました。

#同窓会コンサートin足利

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幸福の科学が講談社に対して抗議行動を行ったいわゆる「講談社フライデー事件」。
この事件で小川知子さんは先頭に立ち絶叫しながら抗議行動を行っています。
また、「講談社フライデー全国被害者の会」では副会長として全国7つの裁判所で講談社などを相手取った訴訟を起こしています。

これら一連の騒動を通して信仰心の強さが明るみとなった小川知子さん。
あまりにも信仰心が強すぎることから「使いづらい」という印象を持たれたのかその後はメディアへの露出が激減。

表舞台での活躍の場を失ってしまった小川知子さん。
幸福の科学の月刊誌にエッセイを連載していることから今現在も幸福の科学を信仰していることが分かります。


清水富美加さんと小川知子さんでは影響を与える世代が違うと思います。
それぞれの世代向けの広告塔として現在も普及活動をしているようですね。

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