細川俊之の妻は元女優&息子は?シーマン、木の実ナナとの関係は?死因は何?

正統派な二枚目から悪役、軟派な役など幅広い演技力で人気となった細川俊之(ほそかわ としゆき)さん。
耳あたりが良い素敵な声は今でも多くの人々の心に残っていることでしょう。

細川俊之の妻は女優

福岡県で生まれ山口健下関市で育った細川俊之さん。
山口県立豊浦高校を卒業した1959年に学習院大学に進学するため上京。


大学では演劇部に所属していたそうなので既に役者を視野に入れていたのかもしれません。

理由は明かされていませんが細川俊之さんは1961年に大学を中退し下関に帰郷。
その後、再び上京して俳優座の試験を受験しています。

もしかすると役者になるために中退したのかも。
帰郷したのは両親を説得するためだったのではないでしょうか。

俳優座の試験に合格し第13生として俳優座養成所に入所した細川俊之さん。
1964年に俳優座養成所を卒業すると文学座の研究生に。
1971年まで在籍した文学座では若手の二枚目俳優として人気と実力を着実に付けていきました。

細川俊之さんは文学座に在籍していた1967年に同じく文学座所属だった女優の小川真由美さんと結婚。
二人の間には娘が1人産まれますが1973年に離婚してしまいます。

細川俊之さんはその翌年となる1974年に宝塚歌劇団出身の藤本典江さんと再婚しています。
娘は小川真由美さんが引き取ったこと、離婚の翌年に再婚している事から離婚の原因は細川俊之さん側にあったのかも。

再婚後の細川俊之さんは私生活を殆ど公表していません。
前妻と娘の事を気遣ってプライベートを明かさなかったのでしょうか。

細川俊之には息子がいる?

前妻の小川真由美さんとの間に娘が1人いる細川俊之さん。
藤本典江さんと再婚した後は私生活を公表していないため子供が他にもいるのかどうかは分かりません。

離婚後は小川真由美さんが引き取った娘の名前は小川雅代さん。
現在は娘は女優や歌手として芸能活動を行っています。

小川雅代さんは女優や歌手としての知名度は高いとは言えません。
ですが2012年に「母・小川真由美との40年戦争 ポイズン・ママ」という著書を出版した事が大きな話題となりました。

「杉村春子の後継者」と呼ばれるほどの女優だった母の小川真由美さん。
非常に多忙だったためにネグレクトに近い状態で小川雅代さんは餓死寸前になった事もあったそうです。

小川雅代さんは20歳の頃に家を飛び出すも小川真由美さんの過干渉により38歳の時に鬱病とパニック障害を発症。
そのため心療内科の医師と弁護士から「母親に会ってはいけない」とまで言われたんだとか。

小川雅代さんの告白で露わになった名女優の驚きの私生活。
想像だにしなかった事実が明かされ世間には大きな衝撃が走りました。

両親の離婚が小川雅代さんの生い立ちに大きな影を落としたことは間違いなさそうです。
ただ細川俊之さんが生前に小川雅代さんの状況を知っていたかどうかは不明。

離婚し元妻が引き取ったとはいえ娘である事実は変わりません。
きっと細川俊之さんならば救いの手を差し伸べていたはず、と思ってしまいます。

細川俊之はシーマンの声を担当していた?

類まれなる演技力だけでなく「イケボ」でも知られる細川俊之さん。

「あしたのジョー」の力石徹など声優としても活躍。
パーソナリティを務めたラジオ「ワールド・オブ・エレガンス」は17年以上も続く長寿番組となっています。

また、細川俊之さんは育成シミュレーションゲームの「シーマン」の音声も担当していました。
決して可愛いとは言えないキャラクターが好評で社会現象となったシーマン。
一度聞いたら忘れられない声も特徴的でした。

ただ、細川俊之さんが担当したのはゲーム起動時のナレーションでした。

シーマンの声はシーマンを開発したビバリウム社長の斎藤由多加の声です。
ちなみにシーマンがまだ幼魚の時の声を担当したのはプログラマーの娘だそうです。

細川俊之と木の実ナナは夫婦以上の関係?

長年俳優として活躍した細川俊之さんの代表作の1つがミュージカルの「ショーガール」。
1974年に公演が始まった「ショーガール」は15年も公演が続き公演総数は547回、総動員数は60万人を超える人気作となりました。

このミュージカルで細川俊之さんのパートナーを務めていたのが木の実ナナさんでした。
15年もの間、共演していたためか細川俊之さんと木の実ナナさんには交際を疑うような声もありました。

ところが実際の細川俊之さんと木の実ナナさんは公演以外には全く交流が無かったそうです。
その理由を木の実ナナさんは「舞台での新鮮な気持ちを保つため」明かしています。

15年もの間、共演していればマンネリ化が否めません。
マンネリ化を防ぐために私的な交流はしていなかったようです。


プライベートで親交が無かったと聞くと淡白な関係と思う人もいるでしょう。
ですが細川俊之さんと木の実ナナさんは舞台で手を握っただけで互いの体調が分かったそうです。

「そういう面では夫婦以上」

と木の実ナナさんが語るように手を握っただけで体調が分かる夫婦は稀でしょう。
夫婦以上と呼べるほど互いを理解しあっていた二人が演じていたからショーガールは長期に渡る大ヒット作となったのかもしれません。

細川俊之の死因は?

晩年は病気との闘いが続いた細川俊之さん。
1994年にはけいれん発作重積症により舞台を降板し1995年には糖尿病のため入院し映画を降板。
同年、脳出血でも入院していた事を2009年になって明かしています。

その後も体調不良が続いたため俳優としての活動をセーブしていた細川俊之さん。
2011年1月12日に自宅で転倒し頭を強く打ち病院に緊急搬送されるも1月14日に急性硬膜下血腫のため帰らぬ人となりました。

2004年からは大阪芸術大学の教授として演技や演出の授業を担当するなど教育にも熱心だった細川俊之さん。
生前から大学病院への献体を希望していたため通夜・葬儀は行われませんでした。

細川俊之さんの遺骨が荼毘に付されたのは亡くなってから1年8か月後の2012年9月11日。
納骨されたのはそれから2日後の9月13日でした。


納骨の際には妻の他、姉や遺族、高校時代の同級生も参列。
墓前にはショーガールで着用していたシルクハットが置かれたそうです。

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