岩下志麻の子供&家族について。夫との結婚に周囲は反対だった

清楚で可憐なヒロインから貫禄たっぷりな極道の妻まで、いくつもの顔を自在に演じてきた岩下志麻(いわしたしま)さん。

世代によって抱くイメージが異なる女優の一人でしょう。

今回は岩下志麻さんの私生活にスポットをあて、夫との結婚や子供など家族について詳しくみていきます。

岩下志麻の子供は一人娘

2019年の『ドクターX ~外科医・大門未知子~』で、久しぶりに「ザ・女優」という存在感をみせつけてくれた岩下さん。

本名を篠田志麻さんといい、1941年1月3日、東京都中央区で誕生しました。


「岩下」は旧姓です。

女優デビューのきっかけは、父親の知人のプロデューサーに誘われたテレビドラマ『バス通り裏』でした。

その後松竹に入社しますが、野心のない新進女優で、ご本人の言葉によると「ぼやん」としていたとのこと。

のんびりした性格が先輩たちの癇にさわり、いじめも経験したそうです。

演技の魅力に目覚めたのは、のちに夫となる篠田正浩監督と出会ってからのことでした。

60年を超えるキャリアのなかで代表作は数多く、『秋刀魚の味』『雪国』『智恵子抄』『心中天網島』『鬼畜』『疑惑』『極道の妻たち』シリーズなどがありますが、筆者の一押しは1977年の『はなれ瞽女(ごぜ)おりん』です。

当時、岩下志麻さんは女優、妻、母という三つの立場の板挟みになり、限界を感じていた時期でした。

盲目の旅芸人を演じるにあたり、日常生活で目をつぶったまま食事をしたり、家の中を歩いたりして役づくりをしたそうです。

同作では第1回日本アカデミー賞主演女優賞をはじめとする女優賞を総なめ。

悩みが吹っ切れるとともに、女優として生きていく覚悟ができたそうです。

長女・舞さんを出産したのはその4年前のことでした。

娘をベビーシッターに預けてまで女優を続ける意味はあるのかという迷いにさいなまれ続けた岩下志麻さん。

舞さんはすでに結婚しており、2児の母親ですが、自身の母の姿が反面教師になったのか、完璧な母親なのだそう。

子供のお弁当や誕生日のケーキに腕をふるう舞さんを見ていると、少し切ない気持ちになると明かしています。

舞さんは母と同じ女優の道を選ばなかったわけですが、映画人としての両親を理解しており、親子関係に亀裂が生じたことはないそうです。

岩下志麻と夫・篠田正浩の結婚に松竹は猛反対!

篠田正浩さんは早稲田大学卒業後に松竹に入社し、大島渚監督らとともに松竹ヌーヴェル・ヴァーグの旗手と呼ばれた映画監督。

出会いは監督2作目の『乾いた湖』でした。

岩下志麻さんは、映画について熱っぽく語る篠田監督に接して映画の魅力を知り、いい女優になりたいという欲が生まれます。

同時に、この人と結婚するかもしれないと直感したのだとか。

ところが二人の結婚に松竹は猛反対。

岩下さんは松竹が期待を寄せる人気女優であり、女優の結婚は引退を意味する時代でした。

重役が毎日家にやってきて説得されたそうです。

岩下志麻さんが女優として輝くことを願っていた篠田監督は、あなたは女優だから家事はしなくていいと告げます。

結婚することで女優としてさらに成長してほしいと望んでいたのでしょう。

二人は1967年に結婚し、夫婦で独立プロダクションを設立。


後年、岩下志麻さんは夫の才能を確信していたと明言しています。

『乾いた湖』『心中天網島』『はなれ瞽女おりん』『瀬戸内少年野球団』『少年時代』などの名作を送り出した篠田監督は、2003年、36本目の『スパイ・ゾルゲ』を最後に監督生活に別れを告げました。

岩下志麻の家族まとめ

岩下志麻さんの父は映画プロデューサーであり、俳優としても活躍した野々村潔さん。

本名は岩下清さんといいます。

2003年1月に肺炎のため死去しました。

母は女優の山岸美代子さん。

弟の岩下亮さんも俳優として活動していましたが、出演作品は少なく、近況は不明です。

『しいのみ学園』『若き日の講道館』などの映画に出演していました。

一人娘の舞さんには二人の子供がいるのですが、性別はわかりません。

孫からは「志麻ちゃん」と呼ばれているそうです。

今の自分があるのは夫のおかげと公言している岩下志麻さん。

篠田正浩監督が現役を退いた際は、映画監督の仕事は激務であることを明かし、ホッとしたと述べていました。

妻としての本音だったのかもしれませんね。


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