永六輔の死因と葬儀について。本当の性格は?名言「二度死ぬ」について

作詞家、ラジオパーソナリティー、エッセイストなど幅広いフィールドで活躍した永六輔(えい ろくすけ)さん。

短い簡単な言葉で物ごとの本質を突いた名言も数多く残しています。

永六輔さんがこの世を去ったのは2016年7月7日のことでした。

ここでは死因、葬儀、お別れの会のエピソードとともに、永六輔さんの性格に迫ります。

「人間は二度死ぬ」とはどんな意味なのでしょうか。

永六輔の死因と葬儀


妻・昌子さんの他界から8年後の2010年、永六輔さんはパーキンソン病と前立腺がんを患います。

パーキンソン病の影響で歩行が困難になり、自宅で転倒して大腿骨頸部を骨折して入院、手術。

車椅子生活を送る中リハビリを行い、仕事を続けました。

気管の炎症が収まりにくくなるなど、晩年は体調を崩すことが多かったようです。

2016年の七夕の日に、永六輔さんは息を引き取りました。

次女の麻理さんが振り返ります。

ふーっ息が遠くなって、「お先に失礼」という感じで、父らしく逝った。

担当の医師は、

死因は肺炎としますが、老衰といっていい状況。

と説明。

葬儀は生家の浅草・最尊寺で7月11日に密葬として営まれ、8月31日に青山斎場で「六輔 永(なが)のお別れ会」が催されました。

入り口には赤い私設ポストが設置され、参列者がお別れの手紙を投函。

長年親交のあった黒柳徹子さんは、永六輔さんのあごが外れた時のエピソードを披露して会場の爆笑をさらったそうです。

永さんが深夜に原稿を書いていた際、あくびが出そうになったのでかみ殺すべく自身の頬を叩くと、あごが外れてしまった。

急いでタクシーに乗って病院に向かったが、あごがかみ合わない状態では「アババ…」などとうまく説明できず、お化けだと思われて「お客さん、降りてください」と乗車拒否されてしまった。

整形外科医の荒療治は強引にあごをはめ直すというもの。

激痛に耐えてなんとか元の顔に戻してもらったところ、医師から「なんだ、永さんだったんですか」と言われた。

黒柳徹子さんの熱弁は予定時間をはるかにオーバーしてしまい、終了後、進行役の北山修さんが以降の登壇者に対して、

永さんが生前おっしゃっていた「簡潔をもって良しとする」。

これをもう一度確認ください。

と促して、さらに会場は笑いの渦に。

妻・昌子さんのお骨をずっと自宅に置いていた永六輔さん。

ぼくが骨壺になったら、昌子さんの骨壺との間に本を並べて、ブックエンドにしてね。

娘の千絵さんと麻理さんは遺言に従い、両親の骨壺の間に著書を並べてから納骨を済ませたそうです。

永六輔はどんな性格?

立て板に水の語り口でありながら、常にユーモアを忘れない話術で人々を楽しませた永六輔さん。

素顔の永六輔さんはどんな人だったのでしょう。

ゆかりのある人たちが、その人となりについて語っています。

娘の麻理さんは、

ほんと照れ屋なので、言いたいことも手紙で書く。

それを私たちの部屋の前に置いてって。

さだまさしさんは、

他人とのつきあいの距離感を変えない人。

マネージャーは、

他人の悪口を一切言わなかった。

ジャーナリストの矢崎泰久さんは、一見ぶっきらぼうに見える永六輔さんの言動の裏には、声なき人たちを代弁したいという思いがあったと話します。

永さんのあだ名を「ためにちゃん」てつけるんですよ。

誰かのためにというと、すごい頑張るんですよ、彼が。

「また、ためにちゃんやってる」なんて言ってね。

自分よりは誰かのためになること、誰かが喜ぶことに何かすることが自分がうれしいんですよ。

引用元:“ともだち あなた 戦う心”~永六輔・最期の言葉~ クローズアップ現代

パーキンソン病を患い、身体の自由もままならない中で、永六輔さんは東日本大震災の被災地に足を運び、被災者の声に耳を傾けました。

永六輔の名言、「人間は二度死ぬ」とは?


言葉の天才、言葉の職人と呼ばれた永六輔さん。

時代が移り変わっても色褪せない名言を数多く残しています。

特徴は、難しい言葉をやわらかく教えてくれるわかりやすさでしょう。

例えば、「色即是空(しきそくぜくう)」。

永六輔さんはこれを「ドーナツの穴」としたうえで、「ないけどある、あるけどない」と説明。

今回は「人間は二度死ぬ」という名言を紹介しましょう。

人間は二度死にます。

まず死んだ時。

それから忘れられた時。

一度目の死は、医学的に死亡が確認されて、肉体が滅んだ時だと永六輔さんは言います。

しかし死者のことを思い続け、記憶にとどめてくれる人がいる限り、たとえ死んでもその人の心の中で生き続けることになります。
二度目の死は、全ての人の記憶から忘れ去られた時。

覚えている人が誰一人いなくなった時に、人間はこの世から完全に消え去るということです。

死生観は人によって多様ですが、大切な人の死が悲しみだけでなく勇気を与えてくれたり、愛する心を取り戻させてくれたりする場合もありますね。


そのような時、死者はその人の心の中で生き続けていることになるのでしょう。

かつて敗戦を乗り越え、経済成長をとげていく時代に、永六輔さんが紡いだ言葉は日本人の心を力づけました。

今を生きる私たちにとっても、上を向いて歩くための教科書になりそうです。

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