井伏鱒二ゆかりの荻窪、生家と子供。猫が好き&太宰治との交友関係

国語の教科書でおなじみの『山椒魚』、直木賞の『ジョン萬次郎漂流記』、そして有名な「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」の名訳。

大正から平成にかけて、およそ70年にわたる執筆活動を続けた現代文学の巨星・井伏鱒二(いぶせますじ)さん。

今回は長年居住した荻窪、阿佐ヶ谷会、文士仲間との交友関係をはじめ、生家についてお送りします。

猫好きの一面が垣間見えるエピソードも紹介します。

井伏鱒二ゆかりの地・荻窪


お酒と釣りをこよなく愛し、庶民の暮らしを優しいまなざしで見つめながら、独特のユーモアあふれる名作を世に残した井伏鱒二さん。

もともと画家志望でしたが、兄の勧めで文学に転向し早稲田大学文学部に進学します。

大正12年に『幽閉』(のちの『山椒魚』)を発表したあと、昭和13年に『ジョン萬次郎漂流記』で直木賞、41年には放射能の雨を描いた『黒い雨』で野間文芸賞を受けるなど、名だたる文学賞を受賞。

同年には文化勲章を受章しています。

当時の文士にしてはめずらしく大らかで温厚、面倒見のよい人柄だったと伝えられており、多くの弟子に慕われた作家でもありました。

その豊かな人間性と作品群に魅了されるファンは今も多いようで、SNSには風貌がかわいいという声も。

井伏鱒二さんは平成5年に95歳で死去するまでの66年を荻窪で過ごしました。

『荻窪風土記』には荻窪界隈にまつわるさまざまな事柄が綴られています。

昭和2年5月、秋元節代さんとの結婚にあたり、この地に地所を探しにきた井伏鱒二さん。

やがて荻窪・阿佐谷界隈には多くの文学青年が移り住んできて、「阿佐ヶ谷会」という文人会が誕生。

プロレタリア文学でなければ注目されない当時の風潮の中、無名の若き文士たちが集まっては将棋に興じ、切磋琢磨する場となりました。

その中には尾崎一雄さん、三好達治さん、太宰治さんといった顔ぶれもありました。

井伏鱒二の生家について

井伏鱒二さんは明治31年2月15日、広島県福山市加茂町に誕生。

井伏郁太さん、ミヤさん夫妻の次男でした。

本名は「井伏滿壽二(いぶしますじ)」といい、筆名の「鱒二」は釣り好きにちなんだもの。

井伏家は15世紀の室町時代に遡る旧家で、「中ノ士居」の屋号をもつ代々の地主でした。

5歳で父、弟、子守りを亡くすという不幸が重なります。

井伏文学には死を見つめる目も存在すると評されることがあるのは、こうした幼少時の出来事が影響しているのかもしれません。

生家は没後も加茂町にあり、平成20年の時点で甥にあたる井伏章典さん一家が居住していたことが確認できました。

おそらく令和2年現在もご家族で住んでいると思われます。

章典さんによると、井伏鱒二さんは年に一度は帰省していたようで、庭を眺めるのが好きだったそうです。

井伏鱒二の子供&猫好きの文豪

長男は日本伝統工芸展を中心に活躍した彫金家の井伏圭介さん。

伝統工芸日本金工新作展で文化庁長官賞を受賞するなど金工技術の保存・発展や後進の育成に尽力しました。

昭和5年生まれであり、平成18年に他界しています。

幼い頃から絵画や工芸に興味をもっていたといいますから、画家志望だった父に似たのかもしれません。

圭介さんのプロフィールによると4人兄妹とのことなので、井伏鱒二さんには4人の子供がいたことになります。

95歳の長寿だった井伏鱒二さんは、猫は命の恩人とも語っていました。


庭でほうきを探していた時、愛猫が突然やってきて猫パンチ。

驚いてその場から離れると、自分が立っていた場所にマムシがいたそうです。

井伏鱒二さん、谷崎潤一郎さん、大佛次郎さんらによる短編集『猫』は、猫にまつわるエピソードを集めた珠玉の随筆集。

井伏鱒二と太宰治の交友関係

早稲田大学の仏文学科で出会った無二の親友・青木南八さんはみずから命を絶ちました。

亡き親友への思いを一匹の鯉に託した『鯉』という作品があります。

井伏鱒二さんを慕って荻窪の自宅を訪れた文士の中には太宰治さん、檀一雄さん、開高健さん、安岡章太郎さんらがいました。

ことに太宰治さんとの関係は日本文学史上においても重要視されており、「井伏鱒二なくして作家・太宰治は誕生しなかった」といわれるほど。

作風はまったく異なる二人ですが、太宰治さんは井伏鱒二さんを生涯の師とし、自宅近くに転居し、その媒酌で結婚しました。

井伏鱒二さんもまた、薬物中毒や自殺未遂を繰り返す自己破滅型の愛弟子に繰り返し手をさしのべました。

そうした師の存在が救いとなっていたことは想像にかたくありません。

それでも太宰治さんは「井伏さんは悪人です」と書き残して死んでいきました。

この謎についてはいまだに明らかになっていません。

この言葉に何がこめられていたのかは今となっては不明ですが、屈折した心情や甘えが見え隠れしています。

井伏鱒二さんが何かと世話をやいたのは、師弟関係を超えた親心だったのかもしれません。


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