池田満寿夫の死因。遺産は熱海市に寄贈され記念館に。美術館の閉鎖理由とは

幅広い分野で才能を発揮したマルチアーティストであり、その官能的な作風から「エロスの芸術家」と呼ばれた池田満寿夫(いけだますお)さん。

クイズ番組をはじめとするテレビ出演も多かったことから、お茶の間でもおなじみの芸術家でした。

1997年の逝去はあまりに突然でしたが、死因はなんだったのでしょう。

移住した熱海や同地にある記念館、遺産のこと、また故郷長野県の美術館閉鎖理由にも迫ります。

池田満寿夫の死因は?

世界的な版画家として、また画家や陶芸家、芥川賞作家、映画監督として多彩な制作活動を行った池田満寿夫さん。

1934年2月23日に満州の奉天で生まれ、戦後は長野県長野市で育ちました。

画家を志して東京芸術大学を三度受験するも失敗し、似顔絵描きのアルバイトをしながら版画を学んだそうです。


日本人として初めてニューヨーク近代美術館で個展を開いたのは31歳の時でした。

翌年、版画家にとっては最高権威であるヴェネツイア・ビエンナーレ展版画部門で国際大賞を受賞。

国際的な芸術家として一躍脚光を浴びます。

ベストセラーになった『エーゲ海に捧ぐ』は42歳の時にホテルに缶詰になって5日間で書き上げた小説。

画家による芥川賞受賞作の第一号です。

自ら脚本と初監督を務めた映画『エーゲ海に捧ぐ』は話題を呼び、興行収入は16億円に。

主演女優はのちにイタリアの国会議員になった「チッチョリーナ」ことシュターッレル・イロナさんでした。

「イロナ・スターラ」と表記されることもありますが、ハンガリー人は日本人と同じく姓が先にくるそうで、正しくは「シュターッレル・イロナ」なのだそうです。

従来の枠にとどまらない芸術活動を展開していた池田満寿夫さん。

1997年3月8日に心不全により63歳で急逝しました。

長年同居するパートナーの佐藤陽子さんが同日午前0時ごろ帰宅し、池田さんが出迎えたところ、飼い犬たちが一斉に飛び出してきたそうです。

伊豆地方では群発地震が発生しており、池田さんは地震に驚いた愛犬に足をすくわれて転倒。

救急搬送されましたが、意識が戻ることなく息を引き取りました。

前年の12月には脳梗塞で入院したものの体調は回復に向かっており、4月からは多摩美術大学の客員教授から専任教授への就任が内定していました。

「ただいま」「おかえり」の言葉も交わせなかったと悔やむ佐藤陽子さん。

帰宅のタイミングで地震が起き、倒れてからわずか30分足らずで逝ってしまうとは、残酷な運命のいたずらを感じずにはいられません。

本当に予期せぬ突然の別れだったのですね。

池田満寿夫の遺産は熱海市に寄贈され記念館に

池田満寿夫さんは1982年12月に東京から熱海市海光町へ転居しました。

2020年現在一般公開されている「池田満寿夫・佐藤陽子 創作の家」は亡くなるまで住居兼アトリエとして佐藤陽子さんと暮らした家。

佐藤さんは池田さんが他界した年にこの家を熱海市に寄贈しました。

版画や油絵などの作品のほか、『エーゲ海に捧ぐ』の直筆原稿、佐藤さんのステージ用ドレスや楽譜などが展示されており、当時の二人の生活がしのばれます。

JR熱海駅から徒歩10分ほどの距離にあり、隠れた人気スポットなのだそう。

また、二人の名前から「満」と「陽」をとって「満陽工房」と名づけた創作工房と作品展示場も2007年に寄贈されました。

作品展示場は池田満寿夫記念館として生まれ変わり、版画、陶芸、書などが鑑賞できます。

自宅、工房、芸術作品の総額はおよそ6億円といわれますが、佐藤さんは「すばらしい芸術の遺産は個人に属するものではなく、残し伝えて人々と共有するもの」という考え方の持ち主。

私物化する発想はなかったのでしょう。

長野県の池田満寿夫美術館閉鎖理由は?

もうひとつのゆかりの地、長野県長野市には、ご本人が他界した翌月に池田満寿夫美術館が開館。

初期のデッサンから国内外の受賞版画作品、また関連資料を多数収蔵するとともに、およそ40回の企画展を通じて池田満寿夫さんの世界を紹介してきました。

しかしオープン20年を区切りとして 2017年7月末をもって休館。

運営する菓子製造・販売会社の竹風堂によると、休館期間は無期限とのことです。

美術館閉鎖理由が気になりますが、公式サイトには「諸般の事情による苦渋の決断」とありました。

入館者の減少もあり、経営上の都合で休館に至ったようです。

2017年は没後20年にあたり、その企画展の開催期間が当初は12月5日までとなっていたくらいですから、突然の決定だったのではないでしょうか。

ジャンルを超えたマルチアーティストであることが災いして、その芸術活動が正当に評価されていないという声も多い池田満寿夫さん。


確かに、その道一筋の芸術家が高い評価を得やすい傾向はあるかもしれません。

けれども、多才な芸術家というだけで正当に評価されない風潮があるとしたら、それこそ不毛な風潮だと考えざるをえません。

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