浅田美代子、さんまとの関係&樹木希林の車。天然の性格、母とのエピソード

70年代、国民的人気番組『時間ですよ』の「隣のみよちゃん」として大ブレイクし、90年代には天然キャラの性格がお茶の間に大ウケして再ブレイクを果たした浅田美代子(あさだみよこ)さん。

そのキャラクターを見いだした明石家さんまさんとは過去に熱愛疑惑が浮上したこともありました。

また『時間ですよ』での共演以来、公私にわたって親交が深かった樹木希林さんからは車を譲り受けたそうですが、どんな車なのでしょう。

結婚に猛反対した母を説得してくれたのも希林さんだったようです。

浅田美代子のプロフィール

愛称:美代ちゃん、美代子さん

本名:浅田美代子

生年月日:1956年2月15日

身長:157cm

出身地:東京都港区

最終学歴:東京女学館高等学校中退

所属事務所:テアトル・ド・ポッシュ

浅田美代子、さんまとの熱愛疑惑の真相

『時間ですよ』の新人オーディションに約25,000名の中から選ばれ、第3シリーズのお手伝いさん役で女優デビューした浅田美代子さん。

挿入歌になったデビュー曲『赤い風船』も大ヒットし、その年の日本レコード大賞新人賞を獲得。


当時はまだ17歳でした。

平成世代には「天然キャラおばさん」というイメージが強いかもしれませんが、10代の浅田美代子さんはスーパーアイドルでした。

21歳で吉田拓郎さんと電撃結婚していったん芸能界を引退しますが、6年後に離婚して復帰。

ドラマで明石家さんまさんと共演したことが再ブレイクのきっかけになります。

当時は『さんまのからくりTV』の立ち上げ時期にあたり、さんまさんはプロデューサーに浅田さんの出演を希望。

レギュラー出演者となった浅田さんは、強烈な天然発言でバラエティタレントとしての新境地を開きます。

おバカキャラでブレイクした里田まいさんの上をいく元祖天然が浅田さんであり、生まれ変わったらこういう人になりたいとまで絶賛するさんまさん。

22年も続いた長寿番組で息の合ったかけ合いを見せていたこともあり、恋の噂が流れたこともありました。

この交際疑惑について、『サワコの朝』で阿川佐和子さんが踏み込むと、恋愛というよりも同級生の感覚で男同士みたいな関係だった

とやんわりと否定した浅田さん。

その一方で、離婚によってついてしまった暗いイメージを払拭できたのはさんまさんのおかげなので、感謝していると明かしました。

自らの番組に浅田さんを出演させて天然キャラを引き出し、芸能界復帰を成功させたのがさんまさんだったことになりますね。

芸能界の母・樹木希林から譲り受けた車

樹木希林さんと会うたびに「美代子をよろしく」と言われていたというさんまさん。

浅田美代子さんが樹木希林さんと出会ったのは1973年にスタートした『時間ですよ』の第3シリーズでした。

以来、45年にわたって深くつきあってきた二人。

希林さんは大先輩というだけでなく、芸能界の母であり、親友でもありました。

ドラマでの運命の出会いから、結婚、離婚、母の死という人生の節目節目で、いつもそばにいてくれたのも希林さんだったそうです。

デビューの5年後、浅田美代子さんは21歳で吉田拓郎さんと結婚。

熱愛が報じられた時、吉田拓郎さんには妻と子がいました。

当然のごとく、浅田さんの両親は結婚に猛反対。

心配した樹木希林さんは、夫の内田裕也さんとともに吉田さんに結婚の意思を確かめに行き、つぎに浅田さんの母を説得。

結婚が決まり、芸能活動をやめるかどうか悩んでいた時も、主婦業がちゃんとできれば、どんな仕事もできると言って背中を押してくれたそうです。

この言葉で気持ちの整理がついて、一度専業主婦に徹することに決めたという浅田さん。

30代から40代へ、さらに50代へと年齢を重ねていくなかで、常に隣でどっしりと構えてくれていた先輩はどんなにか心強かったことでしょう。

浅田美代子さんの2021年現在の愛車は樹木希林さんから譲り受けた車です。

父親が自動車修理工場を経営していたせいか、自動車のメカニズムにはずいぶん詳しいようです。

20年以上前に譲り受けたというその車は、白いクラシックカーのバンデン・プラ・プリンセス。


通称「バンプラ」といい、日本では「ヴァンデン・プラス」「ヴァンデン・プラ」などと表記の揺れがあるとのこと。

日本では聞き慣れない名前ですが、バンデン・プラはかつてイギリスとベルギーに存在した自動車メーカーなのだそう。

母親の入院以降は病院に頻繁に通うことになり、小さな車が必要になった浅田さん。

以前から希林さんのバンプラを気に入っていたことから、ストレートに「欲しい」とおねだりしてみると、あっさりと譲ってくれたのだそう。

ナンバーもそのまま受け継いだそうですが、浅田さんに関係のある数字だったのは偶然とのことです。

浅田美代子の性格はやはり天然だった

日常生活で天然の失敗が多いという浅田美代子さん。

みんなから愛され続ける元祖天然ということで、それを物語るエピソードには枚挙にいとまがありません。

結婚式の祝福コメントで「あけましておめでとうございます」、お葬式で「二次会どこ?」。

「二次会はないよ」とやさしく教えてくれたのは佐藤浩市さんでした。

刑事役のドラマ撮影終了後、犯人は誰だったのか訊ねたことも。

明石家さんまさんに「金曜日って何曜日?」と聞いた話は、もはや伝説として語り継がれるレベルでしょう。

ちなみにこの話には続きがあり、さんまさんが「火曜日ちゃいまっか?」と返すと、「ああ、そうだった」と納得。

よい年齢をした大人が、天然すぎる言動をくり返すというのは狙ってできるものではありませんから、やはり根っから天然な性格なのでしょう。

浅田美代子の母はすでに他界

浅田美代子さんの両親は離婚しており、母・順子さんは離婚後、自ら仕事を探してゴルフ関連の会社で働くようになりました。

子供の世話になりたくないという理由だったそうです。

仕事をやめて同居することを浅田さんが提案したのは、母が還暦を過ぎた頃。

その後、順子さんは68歳で急性リンパ性白血病を発症。

治療をしなければ余命は1か月と医師に告げられたそうです。

順子さんは抗がん剤治療によるつらい闘病生活を2年送り、2001年に70歳で亡くなりました。

若くして芸能界入りした娘には、芸能人は特別な人間ではないこと、傲慢にならないことをよく言い聞かせたようです。


一本筋の通った、本当にかっこいい母だったと振り返っています。

2021年に65歳を迎えた浅田美代子さん。

飾らない人柄とかわいらしさで、これからも多くの人に愛されていくのでしょう。

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