福田康夫の辞任理由と評価。中国で人気&韓国と友好的?功績まとめ

史上初めて親子二代で総理大臣となった福田康夫(ふくだやすお)さん。

政治家ならば誰もが目指す総理の座を僅か1年で辞任した理由とはなんだったのでしょう。

中国や韓国に好意的だった事が関係しているのでしょうか。

気になる評価や功績についても見ていきたいと思います。

福田康夫のプロフィール

本名:福田康夫

生年月日:1936年7月16日

身長:171cm

出身地:群馬県高崎市

最終学歴:早稲田大学第一政治経済学部経済学科

福田康夫の辞任理由とは

2007年9月26日に第91代内閣総理大臣となった福田康夫さん。

親子二代で総理大臣になったのは日本憲政において史上初の出来事。

長く続く日本の政治にその名を深く刻んだ瞬間と言えるでしょう。

ただ、内閣総理大臣の在任期間は約1年。


2008年9月1日に内閣総理大臣と自民党総裁の辞職を緊急表明。

そして2008年9月24日に内閣総辞職となりました。

在任期間365日は2021年時点で8番目に短い記録。

かなり短命の内閣で終わってしまいました。

では、なぜこれほど短命の内閣に終わってしまったのか。

その最大の要因となったのが「ねじれ国会」。

2007年夏の参議院議員選挙で自民党は大敗し、野党の民主党が第一党に。

そして民主党の江田五月さんが参議院議長に選出されました。

それでも衆議院では自民党が三分の二の議席を持っていたため、重要な法案を成立させる事は出来ていました。

ですが、ねじれ国会のせいで国会運営に支障が出ていた事は間違いないでしょう。

福田康夫さんは思うように法案が成立しないことに歯がゆい思いを抱いていたはず。

そのため、ねじれ国会を解消するため当時、最大野党だった民主党との連立を画策。

代表だった小沢一郎さんとの間で一旦は合意したものの民主党内の強い反発により実現には至らず。

その結果、これまで以上に与野党の対立を強める事になってしまいました。

更には連立を組んでいるはずの公明党との意見の食い違いも表面化。

こうした事から政権を維持する事は難しいと考え、辞任を決意したようです。

なお、福田康夫さんが辞任した翌年に開催された衆議院議員選挙で与野党が逆転。

自民党は野党に転落し、結果的にねじれ国会は解消される事となりました。

福田康夫の評価は?

僅か1年で総理大臣を辞してしまった福田康夫さん。

在任期間は非常に短いものでしたが、その評価は決して低くはないんです。

むしろ「ねじれ国会の中で良く頑張った」と高く評価する声も少なくありません。

また、福田康夫さんと言えば決して派手さはなく、どちらかと言えば地味なイメージ。

そのため当時は物足りない印象を持つ人も多いかったかもしれません。

ですが、それは国民受けするパフォーマンスを行っていないというだけ。

そして要職に指名するのも人気や知名度では無く、実力が最優先。

自分に課された責務を全うするため、粛々と政権を運営していた事が分かります。

福田康夫さんの政策はその後の自民党にも多く受け継がれたと言われています。

長きに渡って与党となり国政を担ってきた自民党。

これまで数々の有名政治家を輩出してきました。

そんな中でも福田康夫さんは一目置くべき存在と認識されている事は間違いないでしょう。

福田康夫は中国で高い人気だった?

近隣のアジア諸国との関係性が重要と考えていた福田康夫さん。

特に中国に対して配慮を見せていた事から「親中派」という見方が大多数。

そのため福田康夫さんが自民党内で指示を得るにつれて中国関連の株が値上がりしたそうです。

こうした親中派の姿勢は官房長官だった頃にも垣間見えていました。

過去に台湾の総統だった李登輝さんが病気の治療目的で来日を希望するもビザを発給せず。

もし、ビザを発給していれば中国の反発は必至。

そのため日中の関係に亀裂が生じる事を懸念してビザの発給を見送ったものと思われます。

また、2008年に世間を騒がせた中国製の冷凍餃子による中毒事件。

中国国内の調査では毒物の購入経路は明らかにならず。

そして中国公安省が「国内で毒物が混入した可能性は低い」と会見で発表。

この発表に対しても福田康夫さんは「中国は解決に前向き」と評価したようです。

こうした中国寄りの言動もあって、福田康夫さんは中国国内で高い人気。

ルックスがドラえもんのキャラクター、野比のび太に似ていると親しみを持つ人もいたそうです。


世界各国が中国を牽制するようになった昨今。

福田康夫さんが今の時代に総理になっていたら一体どうなっていたのでしょうか。

もしかすると中国と友好関係を結べていたかもしれません。

福田康夫は韓国にも好意的だった

以前では考えられない程、冷え込んだ関係が続く日韓関係。

かつては盛んに交流があった両国ですが今やすっかり「近くて遠い国」。

解決の糸口も見えない状況が続いています。

ただ、福田康夫さんが首相だった頃は両国の関係は今ほど冷え込んではいませんでした。

それもそのはず福田康夫さんは韓国に対しても非常に友好的だったんです。

日韓関係で大きな懸念事項となっている竹島問題。

ですが、政治的な軋轢を避けるため、竹島問題について強く言及せず。

それどころか韓国で開催された海洋博覧会には支持を表明しています。

かなり韓国に好意的な対応をしている事が分かりますよね。


また、福田康夫さんが支部長を務める政治団体が1996年と2003年に朝鮮籍の企業から献金を受けていた事も発覚。

もしかすると献金を受けていたから韓国に友好的な対応をしていたのかもしれません。

福田康夫の功績とは

福田康夫さんは衆議院議員を7期務め、2012年に政界を引退。

ねじれ国会で政権運営したのも称賛されるべきですが最大の功績と言えるのが「温室効果ガス50%削減」。

2008年7月に開催された洞爺湖サミット。

このサミットの首脳宣言に「温室効果ガス50%削減」が明記された事が大きな話題となりました。

実は当初の宣言案は「温室効果ガス削減を期待する」という曖昧なもの。

ですが、環境問題の解決に積極的だった福田康夫さんは深夜に当時のアメリカ大統領だったブッシュさんと交渉。

そして「温室効果ガス50%削減」を明記する事が出来たそうです。

この宣言がきっかけで環境問題に積極的に取り組む人々は間違いなく増えたはず。

人類にとって大変意味のある宣言となった事は間違いないでしょう。

昨今の政治家はアメリカの顔色ばかり伺っている人ばかり。


面と向かってアメリカの大統領に自身の意見を言える政治家なんてほぼ皆無。

そんな中で自分の意見を押し通した福田康夫さん。

政治家としてもっと高く評価されるべき存在なのかもしれません。

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