神保美喜が結婚した夫と離婚理由。家族・実家について。経歴まとめ

80年代の歌番組で、司会の徳光和夫さんとの名コンビが話題になった女優の神保美喜(じんぼみき)さん。

DHCのCMの美しい姿を記憶している人も多いと思いますが、私生活では結婚・離婚を経験していました。

夫はどんな男性で、離婚の原因は何だったのでしょう。

セレブ感が漂う物腰から、家族や実家が気になる人も多いようですね。

今回は経歴もまとめます。

神保美喜が結婚した夫とは

女優として広く認知されている神保美喜さんですが、デビューのきっかけは自分で応募したオーディション番組『スター誕生!』でした。

本当は女優になりたかったのに、当時は女優のオーディションがほとんどなかったため、歌手デビューしてから女優に転向する作戦だったそうです。


キャッチフレーズは「桜田淳子の妹分」。

念願かなって、デビュー後に早い段階で女優へシフトしています。

2021年に61歳を迎えましたが、落ち着いた雰囲気は15歳のデビューの頃から変わっていませんね。

2021年現在、神保美喜さんに結婚している情報はありません。

ですが、過去に結婚・離婚歴があることがわかっています。

元夫は、当時日本テレビのディレクターだった高木章雄さん。

のちに『THE 夜もヒッパレ』や『おしゃれカンケイ』など数々のヒット番組を手がけた方です。

神保さんは1986年まで日本テレビの歌番組でサブ司会者を務めていたので、その縁で知り合ったのかもしれません。

二人は1989年に結婚しますが、結婚生活はわずか4年で終わりを迎えてしまいました。

神保さんは結婚後もドラマ出演ほか芸能活動を継続していたので、結婚で引退し、離婚後に復帰したということではありません。

夫・高木章雄と離婚した理由は?

神保美喜さんが離婚したのは1993年でした。

離婚理由は明らかになっていませんが、引き金になったのは同年に出版した写真集『太陽伝説 』ではないかとみられています。

『太陽伝説』は露出度の高いヘアヌード写真集。

『太陽伝説 ロング・バージョン』と銘打ったビデオもリリースされています。

夫にしてみれば、ヘアヌード写真集は出版してほしくなかったと思っても不思議ではないでしょう。

ですが、神保さん自身は写真集と離婚は無関係であることをあくまでも強調。

『太陽伝説』出版と離婚が重なったのはまったくの偶然であり、写真集に目を通した夫は「きれいだよ」と誉めてくれたのだそう。

神保美喜さんといえば、『歌のワイド90分!』でともに進行役を務めた徳光和夫さんとの不倫疑惑もよく知られるところですが、これについてもご本人は否定。

女性問題とは無縁のイメージがある徳光さんのスキャンダルだっただけに注目が集まったのですが、結局、疑惑は疑惑のままで立ち消えになってしまいました。

神保美喜はお嬢さま?家族と実家について

透き通るような白い肌と上品で落ち着いた物腰から、良家のお嬢さま説も浮上している神保美喜さん。

東京・港区六本木で生まれ育ち、青山学院大学を卒業して、小学校英語上級認定指導者の資格を持っているという経歴も、こうした噂が流れる理由なのでしょう。

英語力はかなりのもので、インターナショナルスクールでの指導経験もあるそうです。

しかし、家族や実家についてわかっていることは、2002年の時点で母親、妹夫婦、姪と同居していたということだけ。

父親の職業など詳しいことは不明でした。

神保美喜の経歴

中学3年生の時に『スター誕生!』の決戦大会でレコード会社からスカウトされた神保美喜さん。

翌1976年に『はじめてのワルツ』でアイドル歌手としてデビューしますが、当初は挨拶回りのたびに「本当に15歳?」「老けてるね」と言われていたそうです。

その後、女優としての活動を開始して、1976年の映画『妖婆』ではセミヌードで木に吊るされるシーンを熱演。

京マチ子さんとの共演がただただうれしかった、と神保さん。

1977年、大林宣彦監督の商業映画第1作『HOUSE』ではクンフー役を演じて体当たりのアクションを披露。

やがて女優業と並行して司会業でも活躍。

1982年以降は『歌のワイド90分!』で徳光和夫さんとの名コンビぶりが話題になりました。

1993年には『太陽伝説』を出版。

90年代後半からはサスペンスドラマへの出演が多くなっていきます。


15歳でのデビュー以来、息の長い活動を続けている神保美喜さん。

欲を言えば、映画の新作情報も聞きたいですね。

大場久美子の結婚歴まとめ。夫とは再婚だった?子供はいるの?

池上季実子の現在。ゲームで不正行為&愛車、着物エピソード。石原さとみと似てる?

池上季実子の娘は女優で元タカラジェンヌ&孫は?結婚した旦那について

コメント