永田和宏、肺がん手術成功。結婚した妻は河野裕子。京都大学では名誉教授

細胞生物学者で歌人の永田和宏(ながた かずひろ)さん。

2018年に肺がんを患ったようですが、現在は回復しているのでしょうか。

また結婚した妻である歌人の河野裕子さんとのエピソードを紹介。

併せて母校の京都大学で名誉教授を務めたという情報と、短歌の代表作についても触れていきます。

永田和宏のプロフィール

本名:永田和宏

生年月日:1947年5月12日

身長:不明

出身地:滋賀県

最終学歴:京都大学理学部物理学科

永田和宏の肺がんの摘出手術は成功

永田さんの肺がんに関する情報を確認する前に、病気が見つかるまでの様子を簡単に紹介します。

永田さんは京都大学在学中から歌を詠んできました。

妻も歌人の河野裕子さんで、夫婦で短歌結社「塔」で活動。

永田さんは主宰者、河野さんは選者として活躍し、公私共に二人三脚で歩んでいました。

2人で愛の歌「相聞歌」を詠み合い、合計1,000首近い作品を残しています。

短歌で結ばれたおしどり夫婦は、40年近い歳月を共に過ごしました。

しかし2010年、河野さんが乳がんで死去。


最愛の伴侶を失った永田さんは、しばらく立ち直ることができませんでした。

以下の歌は妻の死後に詠んだ作品です。

「あほやなあと 笑ひのけぞり また笑ふ あなたの椅子に あなたがいない」

昨日まで当たり前のように一緒に暮らしていた人がいない喪失感が、にじみ出ている作品ですね。

永田さんは悲しみを歌に昇華させることで、少しずつ日常を取り戻していきました。

2018年には自宅の庭で、妻のために植えた山桜が花を咲かせたそうです。

そんな中で見つかった肺がん。

生きる気力を取り戻した矢先ですから、きっと心が再び落ち込んだに違いありません。

ただ肺がんは初期段階だったため、手術で無事に摘出できました。

2022年現在は回復し、健康に過ごせているようです。

河野さんが天国から、夫が長生きできるよう取り計らってくれたのかもしれませんね。

永田和宏は短歌を通じて結婚。妻は河野裕子

永田さんは京都大学理学部に在学中から、学内の短歌会で歌を詠み始めました。

妻となる河野さんと出会ったのは歌会でした。

京都女子大学に在学中だった、聡明で芯の強い河野さんに惹かれたそうです。

短歌を通じて出会った2人は、結婚後も歌作に明け暮れる日々を送りました。

永田さんによると「一緒にいたい」と思える人は、単に美しく頼もしい人ではなく、「一緒にいて楽しい」人とのこと。

一緒にいる時間自体が大切に思えることや、一緒にいると「自分のいい面」がにじみ出て来ることが愛情の第一歩だそうです。

理想の伴侶探しはなかなか思い通りにいかないこともあるものでしょう。

ただ永田さんと河野さんのように、一緒にいる時間を心から楽しんでいた夫婦がいたことを考えれば、前向きな気持ちになれますね。

優秀な研究者で母校・京都大学では名誉教授

永田さんは京都大学理学部物理学科を卒業後、森永乳業に入社し、研究員となりました。

1976年に退職後は、京都大学結核胸部疾患研究所(現在のウイルス・再生医科学研究所)で研究者となります。

安定した職を捨て、研究者の道を選んだときも、河野さんは支えてくれました。

博士号を取得後、1984年にアメリカ国立がん研究所の客員助教授になったときは、夫婦で渡米しています。

アメリカではコラーゲン生成で重要な役割を果たす「熱ショックタンパク HSP47」を発見しました。

2年後に帰国して、京都大学胸部疾患研究所で教授になると、新規遺伝子を数多く発見。

細胞生物学分野で業績を残し、2010年の退任まで勤め上げました。

退任と同時に名誉教授に就任。

その後は京都産業大学総合生命科学部で教授と学部長を務め、のちに同校でも名誉教授となっています。

「塔」の主宰者という歌人としての顔を持ちながら、研究者としても活躍し続けたのです。

河野さんはきっと、永田さんの短歌のセンスだけでなく、研究者として地道に努力を続ける誠実な姿勢にも惹かれたのでしょうね。

永田和宏の短歌の代表作

永田さんが詠んだ短歌の代表作を紹介します。

以下は若き日に、河野さんに出会った喜びを詠んだ歌です。

「きみに逢う 以前のぼくに 遭いたくて 海へのバスに 揺られていたり」

第1歌集『メビウスの地平』に収められたみずみずしい作品です。

「河野裕子に出会ったことが人生のすべて」と語った永田さん。

「逢う」ではなく、災難に「遭う」などの場合に使う漢字で、運命の人に出会い、以前と人生が一変した衝撃を表現しています。

40年経ち、妻を亡くした後には以下のように詠みました。

「抱きたいと 思へる女性が どうしやう どこにもなくて 裕子さん、おい」

妻亡き後も、彼女を抱きしめたいという切実な想いがにじみ出ていますね。

また上記2作とは趣の異なる、時事的な歌も作っています。

「不時着と 言ひ替へられて 海さむし 言葉の危機が 時代の危機だ」


国会でしばしば言葉が改ざんされ、捻じ曲げられている現状を憂えて詠った作品です。

現代人の多くは、言葉の正しいニュアンスを受け取り、的確に投げ返す力が衰えているのかもしれません。

言葉の危機を感じながら、永田さんは今後も美しく正しい言葉を、積極的に発信し続けるのでしょう。

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