西島三重子の結婚相手は?現在の活動&若い頃から天才。ヒット曲の池上線がお墨付きに

若い頃から天才的な才能を発揮していた西島三重子(にしじまみえこ)さん。

気になる結婚相手はどんな方なのでしょうか。

現在も精力的な活動を続けるのはファンとしては嬉しい限り。

ヒット曲の池上線が東急電鉄のお墨付きを貰えたのも息の長い活動のおかげとも言えるでしょう。

西島三重子のプロフィール

本名:西島三重子

生年月日:1950年8月17日

血液型:O型

出身地:東京都中野区

最終学歴:和光大学人文学部芸術学科中退

所属事務所:アオイスタジオ株式会社

西島三重子の結婚相手は誰?

1975年に歌手としてデビューした西島三重子さん。

2枚目のシングル「池上線」がロングヒットを記録。

多くのアーティストにカバーされるなど昭和を代表する名曲として今も多くの人々に愛されています。

その後も数々の名曲を世に送り出した西島三重子さんも2023年は73歳に。


孫がいても不思議ではない年齢となっています。

そこで気になるのが結婚相手。

一体どんな素敵な男性と結婚したのでしょうか。

ところが幾ら調べてみても結婚相手の情報が見つからず。

極秘に結婚しているという可能性はゼロではありません。

ですが、西島三重子さんが結婚したら確実にニュースとなっているはず。

そのため情報が無いという事は独身なのだと思われます。

デビューしてから常に第一線で活躍してきた事から恋愛をする暇が無かったのかもしれません。

きっと歌手として活動する事が何よりも楽しかったのでしょうね。

ただ、結婚はしていなくとも母性溢れる西島三重子さん。

絵本の執筆や子供の健やかな成長を願って「おひさまのたね蒔き運動」を行っています。

自身に子供がいないから世の中の子供を自分の子供のように愛しているのでしょう。

他人を思いやる心の持ち主が少しでも増えればもっとより良い社会になるはず。

西島三重子さんの活躍を見ているとそう思わずにはいられません。

西島三重子は現在(2023)も精力的に活動中

2023年時点でデビューから48年となる西島三重子さん。

世間一般で考えると71歳は現役を退いている人も多い年齢。

同世代の中には隠居生活を送っている人も少なくないはずです。

ところが西島三重子さんは今でも精力的に活動中。

有観客ライブやライブのストリーミング配信、歌番組やラジオにも出演しています。

また、カルチャーセンターで歌のレッスンも行っているようです。

プロとして活躍する歌手直々に歌の指導をしてもらえるなんて。

歌が好きな人達にとってこんなに嬉しい事はないですよね。

その他にも「おひさまのたね蒔き運動」を通した社会貢献も行っています。

この運動の発端となったのがアルバム「夢のあとさき」に収録された子供の健全な成長を願う「おひさまのたね」という楽曲。

「子供は国の宝」と言われますが、残念ながら全ての子供が幸せな環境で生まれ育つ事は出来ません。

子供が被害者となった悲しいニュースに胸を痛める人も多い事でしょう。

この歌がそんな世の中を変えるきっかけになればという思いで始めた「おひさまのたね蒔き運動」。

少しでも多くの人々に歌を知ってもらおうと、歌に賛同する人々に譜面の提供を行うようにしたそうです。

きっと世の中の誰よりも歌の力を信じている西島三重子さん。

だからこそ今も現役の歌手として活動し続けているのでしょうね。

「おひさまのたね」が日本中に広まって悲しいニュースが少しでも減る事を願わずにはいられません。

西島三重子は若い頃から曲作りの天才だった

シンガーソングライター、作曲家として活動する西島三重子さん。

これまでに手掛けた楽曲は約300曲にもなるそうです。

そんな西島三重子さんが始めて曲を作ったのは学生の頃。

姉の友人が所属していた作詞・作曲グループ「カウンセラーズ」にボーカルとして参加した事がきっかけでした。

そして見よう見まねで作曲に挑戦すると意外にも簡単に作れてしまったそうです。

これで自信が付くと、次々と新しい曲を生み出していったんだとか。

見よう見まねで曲が作れてしまうなんて紛れもない天才。

さぞ、グループの人達も驚いた事でしょうね。

その後、メンバーの1人が勝手に応募した「チャオパルコ サウンドオーディション」に出場。

このオーディションで西島三重子さんが手掛けた「のんだくれ」を披露すると見事、グランプリを獲得。

そして審査員を務めていたワーナー・パイオニアのディレクターの目に留まりデビューする事となりました。

グループで参加したオーディションでしたがデビューはソロ歌手。

ディレクターは西島三重子さんの圧倒的な存在感に魅了されたのでしょうね。


きっとグループのメンバーも才能の差を薄々感じていたはず。

そのためソロデビューが決まった事も祝福してくれた事でしょう。

30年の時を経てヒット曲の池上線が東急電鉄のお墨付きに

1976年に発売され西島三重子さんの最大のヒット曲となった「池上線」。

実在する路線という事もあり、運営元の東急電鉄にもプロモーションの協力を依頼。

ところが車両の古さを感じさせる歌詞だった事から断られてしまったそうです。

高度経済成長期を経て人々が新たな物や文化に魅力を感じていた当時。

「古い」というイメージを避けたかったのも無理はありません。

それでも有線放送等を通して息の長いヒットを記録。

その後も昭和の懐メロとして多くの人々に愛されました。

こうして時代を超えて歌い継がれる名曲となった事で東急電鉄社内での評価も一変。

レトロブームが若者の間で流行した事も無関係ではないでしょう。

そして2007年から翌年にかけて行われた東急池上線・大井町線開通80周年を記念する活動の一環としてイベントへの出演を依頼しています。

過去にプロモーションを断られた会社から来た出演依頼。

もし、根に持つようなタイプであればイベントには出演していなかったでしょう。

ですが、西島三重子さんはこの依頼を快諾。

2007年12月に「名曲池上線号」と名付けられた車内でトークショーとライブを開催しています。

これは東急電鉄のお墨付きを貰えたという事に他なりません。

楽曲の発売から30年後に実現したプロモーションはさぞ感慨深いものだった事でしょう。

そして2012年にはアンサーソングとなる「池上線ふたたび」を発売。


その後も池上線にまつわるイベントの際には快く協力し、歌声を披露しているようです。

もし池上線でイベント開催の知らせを耳にしたら足を運んでみてはいかがでしょうか。

西島三重子さんの素敵な歌声を聴くチャンスに恵まれるかもしれません。

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