ドラマ化もされた大ヒット作『ホタルノヒカリ』で知られる漫画家のひうらさとるさん。
恋愛を放棄する「干物女」の生態を描いた同作は代表作となりましたが、ひうらさん自身も恋愛はおろそかにしていたそうです。
今回はひうらさんの私生活について、夫、高齢出産、豊岡の城崎温泉に移住したという情報を順に確認しましょう。
また家族3人で暮らしているユニークな家についても紹介します。
ひうらさとるのプロフィール
本名:非公表
生年月日:1966年5月10日
出身地:兵庫県
最終学歴:大阪市立工芸高等学校
ひうらさとるの夫は城崎国際アートセンター館長
まずはひうらさんの夫について見ていきましょう。
夫は2023年現在、城崎国際アートセンターの館長を務める田口幹也さんです。
城崎温泉に来ています。明日から城崎国際アートセンターで豊岡演劇祭です。ただし、チケットはすべて完売なので、今回はお越しになっても観劇はできません。温泉には入れますが。
写真は毎日放送の取材を受けるオリザさん。そして、アートセンター館長の田口幹也さんとのショットです。 pic.twitter.com/EFyoUIiTxc— Hajime Imai〈今井 一〉 (@WarszawaExpress) September 5, 2019
1969年に兵庫県豊岡市で生まれ、上智大学法学部を卒業後は一般企業に就職。
その後、配信サービスの提供会社やサッカー専門新聞、飲食店の運営会社の創業などに関わりました。
2011年3月11日の東日本大震災をきっかけにUターンし、豊岡市大交流アクションプランアドバイザーに就任します。
2013年からは「豊岡エキシビション」の企画と運営を担当し、地元の魅力を発信してきました。
2015年に舞台芸術をメインに芸術活動や制作活動ができる滞在施設「城崎国際アートセンター」の館長に就任しています。
城崎は初めて。興味が湧いた城崎国際アートセンターを見て来まして。館長の田口幹也さんが取り組みの説明をしてくれまして。とても計画がしっかりしていて、衝撃を受けたでござる。お土産に志賀直哉と万城目学さんと、湊かなえさんの「ここでしか買えない小説」を買いました。 pic.twitter.com/Ffct8PrUEU
— 堀川憲司 (@horiken2000) July 13, 2019
さまざまな経験を積み重ね、地元である豊岡の活性化に尽力してきた人なのですね。
結婚したのはひうらさんが41歳、田口さんが38歳のときです。
夫婦は20代の頃から友人で、たまに顔を合わせていたそうです。
ひうらさんがホームページ制作の助言を欲しがっていたとき、交友関係が広い田口さんに、ウェブデザイナーを紹介してもらいました。
これがきっかけで2人は久しぶりに会ったのですが、ともに引っ越しを考えていたため、情報交換をするようになります。
あるとき理想的な物件を見つけたひうらさんですが、家賃が予算より高めだったため入居するか迷いました。
すると田口さんが「シェアハウスに憧れているから、ワイが1部屋借りて共同生活すればええ」と声を掛けてきたのです。
こうして2人は共同生活を送ることになりました。
しかし中年の2人が軽い気持ちで共同生活を送ることに対し、それぞれの両親が「いい年をしてふざけるな」と激怒。
そこで試しに3か月ほど共同生活を送り、問題なければ入籍することにしたのです。
2人は「恋愛から結婚までのプロセスが面倒くさい」という共通点があり、意気投合していました。
喧嘩をすることもありましたが、半年ほどでお互いの生活リズムがつかめたため、入籍したのです。
ひうらさとるは43歳で娘を高齢出産
結婚から2年後の2009年、ひうらさんは43歳で長女を出産しました。
ひうらさとる『ホタルノヒカリ BABY』2巻、本日発売✨
1巻も重版出来でございます✨1〜2巻とも、帯には実写版で部長を好演いただきました藤木直人さんにご登場いただき! 対談も収録しております✨
1〜2巻あわせてお読みください❤️#ホタルノヒカリBaby#ホタルノヒカリ#ひうらさとる #藤木直人 pic.twitter.com/PPGBsfATtx
— ayaory (@ayaory) December 13, 2018
高齢出産だったものの、しっかり食べて寝る健康的な妊婦生活を送っており、特に心配はしていなかったそうです。
臨月に『ホタルノヒカリ』の最終回を描く必要があったものの、気負わず仕事もやり遂げました。
5年ほど『ホタルノヒカリ』の連載を続けた後だったため、産休と育休を取るのにちょうど良いタイミングでした。
出産直前は情緒不安定になることもありましたが、無事に元気な女の子を出産。
休業して育児に専念し、徐々に仕事へ復帰しました。
2023年に娘さんは14歳になるはず。
思春期の中学生として、色々な悩みを抱える時期だとは思いますが、元気に青春時代を送って欲しいですね。
ひうらさとるは豊岡の城崎温泉に移住
ひうらさんは夫と娘さんと3人で、東京で暮らしていました。
しかし2011年3月11日の東日本大震災をきっかけに、夫・田口さんの故郷である兵庫県豊岡市に移住します。
最初は別荘地の神鍋(かんなべ)高原に暮らしていました。
2015年、田口さんが城崎国際アートセンター館長に就任するため、一家で城崎温泉に引っ越します。
城崎温泉は文豪・志賀直哉の小説『城の崎にて』で有名な、関西有数の温泉街です。
「街そのものが1つの旅館」と言われ、浴衣と下駄で外湯や食事処をはしごできるのが魅力。
癒しのために。城崎温泉へ。
心もからだも温まった…!
ありがとう!温泉! pic.twitter.com/sZWj2o7QC9— IKKA (@ikkaikka612) January 22, 2022
先月行けなかった、城崎のさとの湯さんに来ています。城崎温泉駅の横なので電車で来られる方は便利ですね pic.twitter.com/pRt6FLIKuX
— mayumi 🏝 (@mamekichi55) January 26, 2022
映画に出てきそうな風情ある街並みも観光客を惹きつけています。
ひうらさとるの家がユニーク
物件マニアのひうらさんと田口さんが城崎温泉で目星を付けたのは、城崎温泉の中心にある築50年3階建ての建物でした。
春には桜並木を楽しめる大溪川(おおたにがわ)沿いにあり、花街の芸妓を仲介する事務所「検番」として使われていたそうです。
夫婦の友人であり、彼らの生活スタイルを熟知していた建築家・加藤匡毅さんがリノベーションを担当しました。
2人の要望は、キッチンを家の中心に設置することでした。
城崎のクリエイターや国内外からやって来るお客さんを迎えるため、中央のキッチンで大勢が集まれるようにしたかったのです。
完成したのは長さ4メートルの立派なキッチン。
3階にあるキッチンに人々が集まり、立ち飲みを楽しむこともあるそうです。
改修する前の3階は40畳もの大広間で、かつて芸妓が芸事の練習をする舞台がありました。
リノベーションの際は舞台を半分に切り、段差のあるスペース「小上がり」として再利用。
多くの人が段差を上がって、くつろげる空間を作り上げたのです。
2019年3月には、1階の物置を改装してポップアップストアにしました。
全国からクリエイターが集まり、自由に出店してもらうために作ったそうです。
ひうらさんの仕事部屋は、壁が優しいグリーンに塗られた落ち着く空間に仕上がりました。
花街の名残りを残すユニークな自宅から、気鋭のクリエイターたちが斬新なアイディアを発信しています。
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