喜多郎、現在も音楽活動中。結婚した嫁は4人。宗次郎と違い&タモリ泥酔エピソードについて

シンセサイザー奏者で、2001年にグラミー賞最優秀ニューエイジ賞を受賞した喜多郎(きたろう)さん。

2022年現在、コンサートや楽曲作りなどの活動状況が気になりますね。

また4回結婚をしているそうで、嫁についての話題も盛り上がっていたことがありました。

似た名前とテイストの音楽家・宗次郎(そうじろう)さんとの関係についても調べていきます。

「笑っていいとも!」でタモリさんと喜多郎さんとの面白いエピソードもあるようですよ。

喜多郎のプロフィール

本名:高橋正則(たかはしまさのり)

生年月日:1953年(昭和28年)2月4日

出身地:愛知県豊橋市

最終学歴:愛知県立豊橋商業高等学校卒業

所属事務所:ドーモ ミュージック グループ

喜多郎は現在も音楽活動を続けている

2022年には69歳になるシンセサイザー奏者の喜多郎さんですが、このところメディアの露出が減っているようにも見えます。

年齢的に、仕事をたくさん入れるのは難しくなっているかもしれません。

コンサートは続けているようで、量を減らして活動しているようですよ。

ただし、2020年1月末から新型コロナウイルスが蔓延していますね。


緊急事態宣言が発令されたり、自粛ムードがあったりしました。

そのため、2020年の1年間は目立った活動はしていなかったようです。

しかし、2021年になると沖縄北部北部の「やんばる」を世界自然遺産に推すプロジェクトに賛同。

2021年3月6には、やんばるからコンサートのライブ配信をYouTubeで披露したのです。

喜多郎さんらの応援の甲斐もあったのでしょう。

2021年7月26日に、やんばるは奄美大島や西表島と共に世界自然遺産に登録されました。

また2021年3月11日は、東日本大震災が起こってちょうど10年が経った日でした。

喜多郎さんは、「鎮魂」と題したコンサートをYouTubeで無料配信しています。

人々の気持ちと寄り添う、優しい人柄がうかがえますね。

2021年4月には、長野県の善光寺と戸隠神社でコンサートが行われました。

戸隠神社の式年大祭のテーマ曲を依頼され、「清明(さやけ)」という楽曲を作って奉納したそうですよ。

喜多郎さんは拠点を一時期日本からアメリカに移していました。

その後、戸隠に引っ越しをしています。

喜多郎さんは、地元に大きく貢献したというわけですね。

また、2021年10月には京都大学花山天文台でコンサートも行われています。


まだ新型コロナウイルスの影響があり、完全オンラインで別日に配信という形をとったそうですよ。

不便な世の中ですが、インターネットの普及が有ったからこそ楽しめているのですね。

喜多郎さんは、2021年11月にも新潟の旅館でコンサートを行なっています。

その際は、旅館の客室から庭園で演奏する喜多郎さんを離れて観るという試みも。

会場に大勢人を集めてコンサートを開くより、より安心して音楽を楽しむことができますね。

このように、喜多郎さんは新たな試みをしながら音楽活動を続けていることがわかりました。

喜多郎が結婚した嫁は4人もいる

喜多郎さんは、結婚歴が多めのようですね。

魅力的で、周囲の女性が放っておかないということもあるかもしれません。

ここでは喜多郎さんの嫁4人について、見ていきましょう。

喜多郎の最初の嫁については全くわかっていない

最初の嫁に関しては、全く情報がありませんので不明です。

喜多郎さんは、2回目の結婚を30歳の時にしています。

ですから、最初の結婚は20代だったと推測できるでしょう。

27歳だった1980年に名前が広く知れ渡るようになりましたので、それ以前の結婚だと情報が無くても自然なのかもしれません。

喜多郎の2人目の嫁は、山口組組長の娘だった

喜多郎さんの2人目の嫁は田岡由伎(たおかゆき)さんといって、山口組三代目組長・田岡一雄(たおかかずお)の長女です。

指定暴力団のトップの娘と結婚するということで、とても騒がれましたね。


2人は1982年に知り合い、1984年に結婚。

長野県の戸隠神社で、身内だけの結婚式を挙げています。

新居は北安曇の古民家で、元々喜多郎さんが暮らしていた場所でした。

新婚早々喜多郎さんはコンサートで家を留守に。

妻は、ど田舎に一人取り残されてしまいました。

田舎暮らしに慣れている人だったら耐えられるでしょうが、由伎さんは神戸出身のお嬢様育ち。

その他にも理由はあったでしょうが、1990年に離婚してしまいました。

離婚後、由伎さんはカウンセラーやエッセイストになるなど大活躍。

会社の監査役にも就任するなど、多忙な日々を過ごしているようです。

喜多郎の3人目の嫁は音楽関係者で同郷の女性

では次に、喜多郎さんの3人目の嫁について見ていきましょう。

田岡由伎さんの次に結婚した相手は、音楽家の高橋恵子(たかはしけいこ)さんという女性。

有名な女優と同姓同名ですが、全くの別人です。

喜多郎さんとの共通点は、「音楽」です。

2人が知り合ったきっかけは、音楽関係者の集いがあったことでした。

そこで喜多郎さんと恵子さんだけが、愛知県出身だったのです。

意気投合して交際がスタートし、結婚しました。


カリフォルニア州のセバストポールという芸術の街に暮らし、喜多郎さんのコンサートにも恵子さんはキーボードを担当。

しかし、この結婚も終わりを迎えることになりました。

喜多郎さんが恵子さんと離婚した理由は、明らかにされていません。

喜多郎は2022年4月に4度目の結婚をしていた

岐阜県内の市議会議員で、喜多郎さんと交流がある人がいます。

その議員の情報によりますと、2022年3月に4度目の結婚をしたとのことです。

結婚式の様子を撮った写真を、個人ブログに載せていました。

新妻は、キャスターの田丸美寿々(たまるみすず)さんに似たとても美しい女性。

結婚式は、アメリカで行われたようです。

相手の方の情報は、一切公開されていませんので不明です。

喜多郎と宗次郎は見た目も曲調も類似したニューエイジ音楽アーティスト

喜多郎さんとよく似た名前のアーティストで、宗次郎(そうじろう)さんという方がいます。

雰囲気も曲調もどことなく似ており、区別が付かない人もいるのだとか。

喜多郎と宗次郎は曲調が似ている

喜多郎さんは主にシンセサイザーを弾きます。

一方の宗次郎さんはオカリナを吹くので、演奏動画を見ると区別が付きやすそうですね。

二人ともドキュメンタリー番組「NHK特集」の音楽を担当して有名になったところも共通しています。

喜多郎さんは1980年から1984年にかけて放送された「シルクロード」の音楽制作で、第18回ギャラクシー賞・選奨を受賞。

一方の宗次郎さんは、1986年に放送された「大黄河」の音楽を作りました。

喜多郎と宗次郎は風貌も似ている

喜多郎さんと宗次郎さんは、名前や曲調だけでなく見た目も似ているところが厄介です。

どちらも髪を長く伸ばして、ヒゲを生やしています。


あまりに似ているので、二人は兄弟なのではと感じている人までいるそうです。

本名の苗字が、喜多郎さんは「高橋」で宗次郎さんは「野村」なので兄弟ではありません。

出身地もまるで違う場所ですので、「よく似た他人」ということですね。

喜多郎が笑っていいとも!に出演した時タモリは二日酔いでトーク不能だった

フジテレビの昼のバラエティ番組で長年大人気を誇っていたのが、「笑っていいとも!」。

軽快なタモリさんの司会と華やかでおもしろい出演者達のトークを、楽しんでみていた人も多かったのではないでしょうか。

喜多郎さんも、「笑っていいとも!」の日替わりゲスト出演者コーナー「テレフォンショッキング」に出たことがありました。

1992年2月28日の出演でしたが、この時タモリさんのコンディションが最悪だったのです。

前日深酒をしてしまったのか、当日朝まで飲みまくっていたのかもしれません。

あろうことか、タモリさんは酔っぱらいの状態で番組に登場してしまいました。


「笑っていいとも!」は生放送番組なので、収録日を変更することなどはできません。

「テレフォンショッキング」に喜多郎さんが出演しても、タモリさんはヘロヘロ状態。

まるで会話にならないほど、ヘベレケに酔っていたのでした。

一方の喜多郎さんは、大人な対応を見せていたといいます。

ずっとにこやかにしていたのですが、どう対応すべきか困惑したようにも見えていました。

タモリさんが酔っ払ってテレビに出演したという話は、あまり聞きませんね。

「笑っていいとも!」の数ある放送の中でも、ベスト10に入るほど視聴者の心に残った放送日になったそうです。

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