杉浦稔大の弟が甲子園で選手宣誓!実家や家族&年収は?中学と高校時代について

リリーフから先発まで、チームに求められた役割をしっかりとこなしている杉浦稔大(すぎうら としひろ)さん。

こうした何でも文句を言わず卒なくこなしてくれる人物は、どのような組織であっても、いてくれるとありがたいですよね。

彼は五人兄弟の長男なのですが、そういったところがこの働き者っぷりを培ったのかもしれません。

ちなみに弟も球児だったということで、なんと甲子園で選手宣誓をしたことがあるそうです。

今回は、そんな杉浦さんの弟や実家・家族の話や気になる年収、他にも中学・高校時代のエピソードについて紹介していきます。

杉浦稔大のプロフィール

本名:杉浦 稔大(すぎうら としひろ)

生年月日:1992年(平成4年)2月25日

身長:190cm

出身地:北海道帯広市

最終学歴:國學院大學

所属球団:北海道日本ハムファイターズ

杉浦稔大の弟は甲子園で選手宣誓!

杉浦さんには弟が二人いるのですが、末の弟である大斗(ひろと)さんはなんと2013年に開催された夏の甲子園大会で選手宣誓をしていました。

彼は兄と同じく帯広大谷高等学校へ進学し、兄がたどり着くことができなかった甲子園出場を果たしています。

高校創立以来初の甲子園出場だったとのことで、大変な快挙だったと言えるでしょう。

そんなチームの主将を務めていた大斗さんは、野球選手としても人間としてもとても優れた人物なんですね。


それだけでも快挙だったのですが、なんと彼は選手宣誓という大役を務めることになりました。

春夏通じて初出場の北北海道代表・帯広大谷の杉浦大斗(ひろと)主将(3年)が、選手宣誓を務めた。

緊張していることは伝わってきますが、しっかりと宣誓をこなしています。

彼の中にこの時の記憶は鮮明に焼き付いているようで、後に自身のインスタグラムでその時のことを回想しています。

6年経っても宣誓の全文を覚えているほどですので、忘れがたい経験だったのでしょう。

残念ながら大会では初戦敗退に終わってしまいましたが、健闘をしていました。

春夏通じて初めての甲子園。勝利の女神は帯広大谷には微笑まなかった。

やはり、この時のチームの絆はとても強かったようで、最近でも仲間で集まっている様子が確認できます。

彼のその後の形跡を辿ると、帯広畜産大学の大学院に進学しているようです。

自然が大好きなようで、故郷の帯広に対する愛情も伝わってきますね。

兄である杉浦さんとの関係も、良好なのでしょう。

杉浦稔大の実家は帯広市!家族は両親と四人の兄弟

杉浦さんの実家は、彼の母校である帯広大谷高校から自転車で5分ほどの場所にあるそうです。

彼の故郷に対する思いは強かったようで、東京ヤクルトスワローズから北海道日本ハムファイターズにトレードされた際も、故郷でプレーできる喜びを語っています。

オフには実家に戻り、地元野球部の同期と家族ぐるみで会っているようで、彼の地元に対する愛着の強さがうかがえますね。

地元の北海道・帯広で高校の野球部の同期と集まります。

杉浦稔大の家族はアスリート一家

杉浦さんの家族は、両親と姉・弟二人・妹一人がいます。

杉浦は5人兄弟(姉1人、弟2人、妹1人)。

家族の絆が非常に強いようで、彼が東京ヤクルトスワローズに所属していた頃、一軍初登板をする際に家族が北海道から試合が行われる横浜までかけつけて応援していました。

帯広出身のプロ野球選手で、東京ヤクルトの杉浦稔大投手(22)=国学院大-帯大谷高出=がDeNA戦で1軍初登板した10日夜、横浜スタジアム(神奈川県)には、帯広などから父幸男さん(51)ら家族、友人計10人が陣取り、6イニング全88球に声援を送った。

そんな杉浦家を調べてみると、興味深いことが分かりました。


なんと、父の幸男(ゆきお)さんも野球に打ち込んでいた過去があり、チームのエースだったそうです。

杉浦がプロ野球選手になれたのは、家族の影響が大きい。

当時野球活動が盛んであったという農協に「野球部枠」として入社したぐらいですから、地元では名の通った選手だったのでしょう。

幼い頃は当然のように杉浦さんとキャッチボールなどをしていたそうで、後のプロ野球選手となる出発点はそこにあったのでないでしょうか。

父だけではなく母・真美子(まみこ)さんもソフトボールでエースピッチャーをしていたそうです。

インターハイや国体など全国大会に複数出場し、国体ではチームを全国3位へと導きました。

杉浦さんは、まさに北海道産のサラブレッドだったんですね。

姉や弟・妹もスポーツに積極的に関わっており、野球やバドミントン・テニスといったスポーツに取り組んでいたといい、まさにアスリート一家と言えるでしょう。

杉浦稔大の年収は7000万円!

杉浦さんは2021年にチームのクローザーとして活躍し、そのオフの契約更改で年俸3700万円から3300万円増になる、7000万円(いずれも推定)で契約を更改しています。

日本ハムの杉浦稔大投手(29)が8日、契約更改に臨みました。

一時は所属していた東京ヤクルトスワローズからトレードで放出されるなど苦労をした彼ですが、故郷の地で花開き、その実績が評価され年俸の大幅増につながりました。

2022年は先発転向し、少し苦労をしていますが、これからの頑張り次第では年俸1億円も見えてくる可能性はあるでしょう。

杉浦稔大は中学時代はアイスホッケーでも全国レベル!高校時代に惜しくも甲子園出場ならず

杉浦さんが実は、中学時代にアイスホッケーもやっていたことを皆さんはご存知でしょうか。


小学校の時から始めたそうで、中学三年時には全国3位に輝いたそうです。

アイスホッケーでは中学3年時に全国大会で3位。高校から推薦入学の誘いがあったほどだ。

ウインタースポーツが盛んな北海道出身者らしいエピソードですね。

高校は帯広大谷高等学校に進学し、高校3年の夏にエースで4番として北北海道大会決勝まで進みました。

しかし、決勝で旭川大学高等学校に敗れ、甲子園出場はできませんでした。

後に弟の大斗さんが悲願の甲子園初出場を果たしてくれたので、その時は杉浦さんも喜んだのではないでしょうか。

北海道日本ハムファイターズの投手陣を支えている杉浦さん。

彼のこれまでの道のりを振り返ると、いつも家族との絆が垣間見えます。

特に兄が果たせなかった甲子園出場を、弟が達成するなんて漫画みたいな話ですよね。


プロ入り後は一時期は伸び悩んでいるとも言われましたが、北海道に来てからは開花し、年俸に象徴されるように高い評価を受けています。

北海道と家族を愛する彼のことですから、不調に陥っている北海道日本ハムファイターズを救ってくれることでしょう。

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