東郷青児の娘は死去、家族は妻が3人?イケメンすぎた若い頃。ガス心中した自宅とは

ブルーを基調とした美人画で知られる画家の東郷青児(とうごう せいじ)。

娘の東郷たまみさんも芸術の世界で活躍した女性でした。

今回はたまみさんの詳細を確認し、家族について3人の妻たちを中心に見ていきます。

またイケメンだった若い頃の画像、ゆかりの喫茶店、自宅も確認しましょう。

東郷青児のプロフィール

本名:東郷鉄春

生年月日:1897年4月28日

死没:1978年4月25日

身長:不明

出身地:鹿児島県鹿児島市稲荷馬場町(現在の鹿児島市稲荷町)

最終学歴:青山学院中等部卒業、リヨン美術学校留学

東郷青児の娘は東郷たまみ

東郷の娘・東郷たまみさんは1940年に生まれ、2016年に亡くなっています。

洋画家・公益社団法人二科会絵画部会員として活躍しただけでなく、歌手としても実績を残しました。

1956年、美術家集団である二科会が主催する二科展に初入選。

さらにジャズ歌手としてデビューし、朝丘雪路さん、水谷良重さんと「七光り三人娘」を組んだ時期もあります。

1958年には第9回NHK紅白歌合戦に出場。水谷良重さん、沢たまきさんと『アレキサンダーズ・ラグタイム・バンド』を歌っています。


紅白出場を果たすほど歌の世界で活躍していましたが、1960年に勉学に専念することを決意しました。

絵と歌を中断して渡米し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学。

3年間の留学生活の中で勉学に集中したのち、画家として活動を再開しました。

1970年に二科展金賞に輝き、翌年に二科会会員に推挙されています。

その後はリスボン美術展やレバノン美術展などに招待出品を果たし、日本橋三越では26年連続で個展を開催しました。

76歳で亡くなるまで画家として第一線を駆け抜けたたまみさん。

2022年8月30日に放送された査定番組「開運なんでも鑑定団」では、歌手のクミコさんが、たまみさんが絵付けしたお皿を持参。

査定結果は20万円と、お皿としては高額で話題となりました。

優れた芸術家であり、歌手でもあった多才な女性が絵付けしたお皿。なかなか一般人には手が出ない価値があるということですね。

東郷青児の家族、妻は3人

東郷は優れた画家であると同時に、プライベートでは色男として浮名を流しました。

作家の宇野千代さんをはじめ、多くの女性と関係を持ったとされています。

ここからは特に深い関係を持った3人の妻について紹介していきます。

初婚相手は永野明代

東郷は1920年、23歳のときに初婚相手の永野明代さんと結婚しました。

妊娠中の明代さんを残して渡仏した際は、資産家だった明代さんの実家から援助を受けています。


しかし1923年の関東大震災で日本が混乱した結果、仕送りが途絶えてしまいました。

結果的に東郷はパリに残り、セザンヌやピカソ、藤田嗣治などの芸術家と交流を続けます。

明代さんは家庭を省みない夫に会うため、わざわざパリに行ったこともあるそうです。

当時の東郷は芸術活動に邁進しており、妻への愛情を注ぐことができなくなっていました。

そのうえ帰国後は何人もの女性と関係を持っています。

ついに2人は1933年に離婚しました。東郷にとって彼女は、金銭的な援助のためにだけ使える捨て駒のような存在だったのかもしれません。

令嬢・中村修子との披露宴

東郷はまだ離婚する前の段階で、英語塾を卒業した令嬢・中村修子さんと出会っています。

彼女は帝国連合電球の専務の娘。やはり実家が資産家だったため、彼女の父は東郷をパトロンとして援助してくれました。

そしてあろうことか、東郷は明代さんと離婚しないまま、1922年に修子さんと披露宴を挙げています。


東郷にとって重婚はパフォーマンスのつもりだったのかもしれません。

しかし修子さんは、人生に大きな汚点を残したことになります。

東郷が心中事件を起こしたことをきっかけに、修子さんは実家に連れ戻され破局しました。

その後は外国人医師と再婚したことがわかっています。

海軍将校の令嬢・西崎みつ子と再婚

西崎みつ子さんは海軍将校の令嬢でした。東郷はまだ10代だった彼女に出会い、一目惚れ。

やはり2人でガス心中を図っています。

2人は一命をとりとめましたが、みつ子さんは実家に軟禁状態となりました。

東郷はこの時期に宇野千代さんと同棲しています。

ただ芸術家として刺激を与え合っただけで、生涯の伴侶とはなりませんでした。


宇野さんと破局、明代さんと離婚したのち、東郷はみつ子さんと再婚。

みつ子さんは夫が死ぬまで添い遂げています。娘のたまみさんは、みつ子さんとの間に生まれた長女です。

ようやく生涯をともにできる伴侶に恵まれたのですね。

東郷の代名詞でもある幻想的な美人画も、みつ子さんというミューズに出会った結果生まれました。

運命の女性と出会ったことで、画家としても順調に活動を展開できるようになったのです。

東郷青児はイケメンで若い頃はモテ男

東郷はイケメンで、若い頃は多くの女性から好意を寄せられていました。

若い頃の写真を確認すると、まるで現代の俳優やアイドルのような外見だったことがわかります。

非常に身勝手な男性ではあったものの、甘いマスクで言い寄られては、女性たちは黙って彼の行動を許すしかなかったのかもしれません。

東郷青児ゆかりの喫茶店ソワレ

東郷が愛した京都の喫茶店ソワレは、1948年創業の老舗です。店内は青い光に包まれています。

染色研究家・上村六郎さんから「青は女性が美しく見え、男性が若く見える」との助言があり、この照明を取り入れたそうですよ。

名物は青い「ゼリーポンチ」750円(税込)。100年以上同じ製法で作られた神戸のサイダーを使用しています。

店内に東郷の作品が多く飾られていることからわかる通り、創業者が東郷作品のコレクターでした。

東郷本人も店を訪れ、気に入り、店のために作品を描くことになったそうですよ。

ソワレの営業時間は13時から19時30分まで。ゆったりと午後を過ごしたい人におすすめです。

東郷青児の自宅は現存せず

東郷は時期によって異なる自宅で暮らしていましたが、いずれも現存していないようです。

1929年3月30日、みつ子さんとガス心中を図ったのは東京都品川区大井の自宅でした。

また宇野千代さんが東郷と暮らすために、世田谷区の淡島に建てたのが「ル・コルビュジエ式の白い家」です。


アトリエやサロンとしても使える居間があり、女中も同居していたとされています。

自宅は現存していないものの、東郷の足跡をたどりたい人は、品川や世田谷を散策してみてはいかがでしょうか。

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