福井ミカの今現在は料理研究家!バンド&プロフィールは?加藤和彦の嫁だった?

物怖じすることなく思い立ったら行動に移す福井ミカ(ふくいみか)さん。

きっと時代を作るのは常にこういったタイプの人なのでしょう。

彼女といえば、ロックバンド・サディスティック・ミカ・バンドのボーカルとして有名でした。

同バンドには、夫であった加藤和彦さんを中心に、後藤次利さんやつのだ☆ひろさんといった今なお有名な方々も在籍していましたよね。

しかし、お二人の離婚により、1975年11月に解散していました。

そんな福井みかさんの2020年現在は、なんと料理研究家だといいます!

一体、どんな活動をされているのでしょうか?

福井ミカのプロフィール

芸名:福井ミカ

本名:福井光子

生年月日:1949年4月17日

身長:不明

出身地:京都府

最終学歴:イギリスのフランス料理学校

所属事務所:なし

福井ミカは加藤和彦の嫁?プロフィールは?


平安女学院在学中に同級生とフォークデュオを結成しようと思った福井ミカさん。

アマチュアバンドでありながら若者の間では人気だったザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦さんにギターを教えてもらおうと考えたそうです。

ライブ終了後の楽屋をアポなしで訪れたにも関わらず加藤和彦さんは快諾してくれたそうです。

当時、龍谷大学の学生だった加藤和彦さん。

きっと女子高生に頼られて悪い気はしなかったのでしょうね。

ギターのレッスンを引き受けたものの上達しない二人に対して見限った加藤和彦さん。

二人の後ろでギターを弾くことになったんだとか。

加藤和彦さんと福井ミカさんの個人的な交際が始まったのもこの頃だそうです。

その後、アマチュアバンドだったザ・フォーク・クルセダーズですが解散を記念して作った自費製作アルバムが話題となりプロデビューが決定。

1967年から1年間という期間限定ながらプロとして音楽活動を行うことになった加藤和彦さんは仕事のため上京。

それでも多忙なスケジュールの合間を縫って福井ミカさんに会うために京都に帰ってきていたそうです。

1970年7月に加藤和彦さんは大学生になった福井ミカさんにプロポーズ。

めでたく夫婦となった加藤和彦さんと福井ミカさん。

伝説のバンド「サディスティック・ミカ・バンド」を結成したのはその翌年のことでした。

ちなみに、このネーミングは加藤和彦さんによるものです。

しかし、福井ミカさんの性癖が語源ではありません。

なんと、彼女の料理が残酷だったからだそうです。

これには、魚も思わず「ギョギョ!」となったことでしょう。

死んでますけどね。

福井ミカがバンド結成と解散の原因だった

日本の音楽シーンに颯爽と現れて新風を吹き込んだ「サディスティック・ミカ・バンド」。

メンバーを変更して何度か再結成されていますが1971年に結成された当初のメンバーは加藤和彦さん、福井ミカさん、つのだひろさんの3名でした。

デビュー前に脱退しているためあまり知られていませんが、「メリージェーン」で知られるつのだひろさんもメンバーだったんです。

なお、バンド名の由来はジョン・レノンさんとオノ・ヨーコさんが中心となり1969年に結成した「プラスティック・オノ・バンド」。

福井ミカさんの包丁使いがサディスティックだったことから「サディスティック・ミカ・バンド」と名付けたそうです。

バンド名や結成時期からして福井ミカさんがバンド結成に大きく影響していることは間違いありません。

1972年にアルバム「サディスティック・ミカ・バンド」をリリースするも国内での売れ行きは今一つ。

ですが海外で評価されたことで逆輸入的に日本でも評価されるようになったそうです。

ビートルズを手掛けたことで知られる音楽プロデューサーのクリス・トーマスさんもサディスティック・ミカ・バンドを高く評価した一人。

クリス・トーマスさんのプロデュースにより製作されたのがセカンドアルバムの「黒船」。

全12曲のアルバムながら450時間もレコーディングに費やしたそうです。

プロデューサーとバンドメンバーがこだわり抜いて作られた「黒船」は時代を超えた名作と呼ばれています。

クリス・トーマスさんがサディスティック・ミカ・バンドにもたらしたのは名作だけではありません。

プロデュースが縁となりボーカルの福井ミカさんがクリス・トーマスさんと交際。

そして福井ミカさんが加藤和彦さんと離婚したことでサディスティック・ミカ・バンドは1975年11月に解散してしまうのです。

伝説のバンドの結成と解散のきっかけとなった福井ミカさん。

その名は日本音楽シーンで永遠に語りつがれています。

福井ミカはバンド再結成に遺憾も、歌い継がれる伝説へ。

サディスティック・ミカ・バンドはその後何度か福井ミカさん以外のメンバーも入れ替えて再結成されていますね。

1985年の再結成は、なんとも豪華でした。

あの坂本龍一さんと松任谷由実さんが加わっています。

とはいえ、CDはだしておらず、同年の音楽イベント「All Together Now」に特別出演したとのことです。

バンド名も、「Sadistic Yuming Band」となっていました。

また、1989年には、『Sadistic Mica Band』となっていましたね。

ボーカルは、福井ミカさんではなく、桐島かれんさんでした。

しかし、やがて1992年、アニメ『まぼろしまぼちゃん』の主題歌に「タイムマシンにおねがい」などが起用されます。

サディスティック・ミカ・バンドといえば、同曲という人も多いでしょう。

それをきっかけに、CDの再リリースも行われます。

となれば、やはり福井ミカさんの声で…と思われましたが、彼女ではありませんでした。

というのも、再結成に対して、彼女はたとえ呼ばれたとしても行かない旨を述べていたそうです。

しかも、グループ名が「ミカ・バンド」で継続していることを快く思っていなかったといいますね。

たしかに、松任谷由実さんのときに『Yuming』としているのならば、桐島かれんさんのときは『Karen』となるのが自然かもしれません。

そして、ここからは記憶に新しいという人も多いのであろう2006年の再結成ですね!

この時のボーカルは、今をときめく木村カエラさんでした!

彼女が歌う『タイムマシンにおねがい』は、キリンラガーのCMにも起用されていましたね!

さらには、5代目ボーカルともいえそうなのが、2017年のロックフェス「WORLDHAPPINESS2017」です。

残念ながら、加藤和彦さんは2009年に他界されていますし、バンド名こそ付けられませんでした。

しかし、こちらでも『タイムマシンにおねがい』が高橋幸宏さんたちをバックに歌われたのです。

そのなかで歌唱した人物とは…のんさんでした!

『あまちゃん』のイメージはどこへやら、かなりパワフルな歌声だったそうです。

事実上の『サディスティック・のん・バンド』かもしれませんね!

様々な歌手によって歌い継がれる同曲のなかで、福井ミカさんはその元祖としてこれからも名を刻んでいかれることでしょう。

今現在の福井ミカは料理研究家?

加藤和彦さんと離婚後、ロンドンで生活するようになった福井ミカさん。

クリス・トーマスさんが英国人なのでロンドンに渡ったのでしょう。


ですがクリス・トーマスさんとは数年交際した後に別れてしまったそうです。

厳密には、1983年にクリス・トーマスさんと別れた福井ミカさん。

その後は、イギリスでも有名なフランス料理学校に通われたそうです。

当初はフレンチシェフの道を志したそうですが、卒業後は、レストランで修行していました。

そうするうちに、パティシエ、ワイン・ソムリエとしての道も学ばれていたそうです。

この間の生活を綴った本が、1996年の「ラブ&キッス英国—イギリスは暮らしの達人」ですね。

ご本人も90年代に帰国され、食に関するブランドを立ち上げているそうですよ!

その名も、「レディ・シェフ・ミカ」です。

『サディスティック・ミカ・バンド』を彷彿とさせるネーミングですね!

料理の研究はもちろん、アドバイス、レストランや調理器のプロデュースなども行っているそうです。

2019年4月17日のニッポン放送の記事では、彼女の誕生日にちなみ、このような経歴についてつづられていました。

そこには、『現在も』と書かれていましたので、ブランド自体は継続中と思われます。

しかし、『レディ・シェフ・ミカ』で検索しても、ホームページらしきものすら出てきません。

開設をされていないだけなのか、もうすでに手を引いてしまったのか…ただ、こうした記事が出ている以上、ご健勝のこととは思われます。


ちなみに、福井ミカさんと、料理といえば、かつて加藤和彦と夫婦時代に出演した料理番組『ごちそうさま』が想起されますね。

赤、緑といった色に染められたヘアスタイルで登場し、司会の高島忠夫さんが、視聴者に向けて、テレビの故障ではないことを伝えたという伝説があります。

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