坂本九、嫁との馴れ初め。娘も歌手&兄弟が多い大家族。笠間で命拾い

心に染み入る歌声で高度成長期の人々を元気づけていた坂本九(さかもと きゅう)さん。
その歌声に癒しを感じたのは日本人だけではありませんでした。

坂本九の嫁との馴れ初め

日本のみならず世界的な大スターだった坂本九さん。
渡米の際には空港に1万人ものファンが押し寄せ、当時のニューヨーク市長やディズニーランドの副社長といった著名人とも対面したそうです。


まるでハリウッドスターが日本に来日した時のよう。
これまでの日本芸能界でこれほど歓迎されたタレントは坂本九さんだけ、と言っても過言ではありません。

大スターでありながらも決して偉ぶることがなかった坂本九さん。
東京パラリンピック支援のためにチャリティーコンサートを行うなど社会福祉にも貢献。
楽曲だけでなく人柄も素晴らしい事から今も多くの人々に愛されているのでしょう。

そんな坂本九さんは1971年12月8日に女優の柏木由紀子さんと結婚。

坂本九さんと柏木由紀子さんが初めて会ったのは撮影スタジオ。
その時に坂本九さんが柏木由紀子さんに電話番号を書いたメモを手渡したそうです。

ですが、柏木由紀子さんはその時は連絡せず。

それから約1年後に二人は坂本九さんの楽屋で再開。
再び坂本九さんは電話番号を書いた紙を手渡したんだとか。
これをきっかけに交際に発展し結婚に至っています。

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それにしても坂本九さんが恋愛に積極的だったなんて何だか意外ですよね。
見た目や雰囲気が穏やかなため草食系だと思っていた人も多いのではないでしょうか。

坂本九の娘も歌手に?

1971年に結婚した坂本九さんと柏木由紀子さん。
二人の間には二人の娘が誕生しています。

長女の名前は大島花子さん。
1992年に「大草原の小さな家」で舞台デビューし女優としていくつかの作品に出演しています。

ですが役を演じるのではなく自分の言葉で表現したい、という思いから歌手を目指した大島花子さん。
OLや塾の講師を行いながら作詞作曲やライブハウスで歌を歌うようになります。

そして2003年に父である坂本九さんの代表曲の1つ「見上げてごらん夜の星を」でメジャーデビュー。
11歳の頃に父親を亡くした経験から歌を通して「命の大切さ」を伝え続けています。

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次女の名前は大島舞子さん。
「舞坂ゆき子」という芸名の元タカラジェンヌで現在は女優や歌手、ドッグセラピストに実業家とマルチに活躍中。

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ちなみに芸名の名付け親は越路吹雪さんのマネージャーを務めた事でも知られる作詞家の岩谷時子さん。
本名である舞子の「舞」、坂本九さんの「坂」、柏木由紀子さんの「由紀子」から「舞坂ゆき子」という芸名となりました。
芸能活動をする際に常に家族の存在を感じられるように、という思いで付けられたのかもしれませんね。

柏木由紀子さん、大島花子さん、舞坂ゆき子さんの3人は2004年に「ママエセフィーユ」というユニットを結成。
生前の坂本九さんの映像や歌声を使った家族4人での共演はたびたび話題となっています。
坂本九さんも天国で妻と娘との共演をきっと楽しんでいる事でしょう。

坂本九は9人兄弟の大家族?

川崎市で荷役請負業を営む父と母の間に産まれた坂本九さん。
9人兄弟の末っ子で名前のネタが無くなっていた事から「九」と名付けられたそうです。

芸名だと「九」と書いて「きゅう」と読みますが本名は「九」と書いて「ひさし」と読みます。


坂本九さんの母は後妻で9人兄弟のうち母親が同じなのは3人。
上の6人は異母兄弟でした。
ですが母が分け隔てなく接していたこともあって兄弟の仲はとても良かったそうです。

坂本九さんが高校生の頃に両親が離婚。
兄弟のうち下3人は母と暮らすことになり苗字が坂本から母の旧姓である大島に。
つまり坂本九さんの本名は「大島九」という事になります。

両親は離婚してしまいますが新しい家は近所でした。
そのため相変わらず兄弟は仲が良かったそうです。

坂本九は笠間で命拾いしていた?

第二次世界大戦中の1941年に川崎で生まれた坂本九さん。
戦火を逃れるため幼少期は母の実家がある茨城県笠間市に疎開していました。

1985年の日本航空123便墜落事故で亡くなった坂本九さんですが実は笠間市でも列車事故にあっていたんです。

坂本九さんが遭ったのは1943年10月26日に発生した常磐線土浦駅列車衝突事故。
死者が110名、負傷者107名という大惨事でした。

坂本九さんと母は事故が発生する直前に別の車両に移動していたために無事だったそうです。
後にこの話を聞かされた坂本九さんは「笠間稲荷神社の神様が助けてくれた」と終生にわたって信仰。
結婚式も笠間稲荷神社で挙げています。


また、笠間稲荷神社のペンダントも常に身に付けていたそうで日本航空123便墜落事故の際に身元を特定する際の決め手になったそうです。

飛行機の墜落事故で亡くなってしまったのは不運としか言いようがありません。
ですが、身元が特定出来て家族との対面が果たせたのは笠間稲荷神社の神様のご加護のおかげだったのかもしれません。

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