田中好子の死因と最後の言葉とは。葬儀でキャンディーズのメンバーが弔辞

20年近くもの長い間、病気と闘いながら女優業を続けていたことが没後に明らかになった田中好子(たなかよしこ)さん。

この記事では死因について詳しくみていきます。

あわせて葬儀で流されたご本人の最後の言葉や、元キャンディーズの伊藤蘭さん、藤村美樹さんによる弔辞についてまとめます。

田中好子の死因はなに?


1956年4月8日に東京・足立区で生まれた田中好子さん。

出生名は同じで、結婚後の姓は小達(おだて)です。

キャンディーズ解散後は女優に転身して高い評価を得ていましたが、2011年4月21日に55歳で逝去。

死因は乳がんでした。

左の乳房に乳がんが発覚したのは結婚の翌年にあたる1992年のこと。

公表をせず、腫瘍を摘出する手術を受けましたが、その後も再発を繰り返します。

いずれも早期発見で、秘密裏に手術や治療を受けながら女優業を続けていました。

これらは死去直後の緊急会見で、夫の小達一雄さんによって明らかにされた事実です。

2010年10月には十二指腸潰瘍を発症して入院。

治療のための絶食が体力と免疫力の低下を招き、またもやがんが再発。

結果的に、この時の絶食が田中好子さんの病状を著しく悪化させる要因になってしまいました。

翌年の2月には、がん細胞が急激に増殖するラッシュの状態に陥り、肝臓や肺にも転移。

3月中旬、今年のゴールデンウィークは越せないかもしれないと一雄さんが告げると、田中好子さんは夫の心境を気遣い、つらいことを言わせてしまってごめんねと謝ったそうです。

4月21日の朝7時頃、いつものように一雄さんが「おはよう」と声をかけると、前日には意識があったにもかかわらず返事がありませんでした。

息を引き取ったのはその12時間後のことです。

田中好子の最後の言葉とは?

同月8日に55歳の誕生日を迎えたばかりだった田中好子さん。

ブログに寄せられたファンの祝福に「みなさんも健康に気をつけて頑張ってください」と投稿しています。

前月には東日本に未曾有の大地震がありました。

田中好子さんは、これまで支えてくれた多くの人にお礼が言いたいと申し出て、病室でメッセージを吹き込みます。

死の約3週間前にあたる3月29日、一雄さんとマネージャーの立ち会いのもと、ベッドのリクライニングを起こした状態で録音された肉声です。

このラストメッセージは告別式で紹介され、参列者の涙を誘いました。

自らの死期を悟りながらも、まず先に被災者の窮状に心を痛めている田中好子さん。

この頃にはかなり病状が悪化していたのでしょうか。

声が弱々しく、息苦しさも伝わってきて痛々しいです。

自分は病気と懸命に闘ってきたけれど、負けてしまうかもしれないという告白。

キャンディーズの盟友2人への感謝の気持ち。

演じることへのあきらめきれない思い。

田中好子さんの心の大きさと優しく柔らかな人柄がしのばれる最後の言葉です。

声の遺書ともいえますね。

田中好子の葬儀でキャンディーズの2人が弔辞

葬儀・告別式は4月25日に青山葬儀所で営まれ、2000人を超える人々が参列。


伊藤蘭さんは「もう一度3人で会いたかった」と語りかけ、藤村美樹さんは「私たちは永遠にキャンディーズだから」と涙ながらに弔辞を読みました。

棺に花を納めていく最後の別れは40分も続き、2人は棺が閉じられるまで遺体に寄り添っていたといいます。

出棺の際にはキャンディーズのデビュー曲であり、田中好子さんがメインボーカルをとった『あなたに夢中』が流され、当時のスーちゃんのイメージカラーだった青色の紙テープを一斉に投げ入れてコンサートを再現。

後楽園球場のキャンディーズ解散公演を思わせる光景でした。

青一色に彩られた道路の上を霊柩車が遠ざかり、田中好子さんは旅立っていきました。

女優業への復帰を心から願い、どんな状況になってもあきらめずに闘病生活を続けていた田中好子さん。

その一方で、キャンディーズの2人には自らの死期が近いことを明かしていたといいます。

弟を若くして骨肉腫で亡くしただけでなく、親友で義妹の夏目雅子さんも白血病で失っていることから、福祉活動にも力を注いでいました。

弱い立場の人々を常に思いやる人柄は、穏やかな微笑みや演じた役柄にもにじみでていたような気がします。


田中好子の子供と夫。小達一雄にとっては再婚?実家は釣具店

藤村美樹の2020年現在。子供や結婚した夫はだれ?教会で活動なぜ

藤村美樹が田中好子の葬儀で読んだ弔辞が話題。キャンディーズの絆

コメント