田中好子、子供は産んでいない。夫・小達一雄とは再婚&実家は釣具店

愛らしい笑顔とぽっちゃりした肢体が魅力的だったキャンディーズのスーちゃんこと田中好子(たなかよしこ)さん。

アイドル時代の健康的なイメージが強かっただけに、55歳という若さでの急逝は衝撃的でした。

40代以降は母親役に定評がありましたが、実生活で子供はいたのでしょうか。

夫の小達一雄さんには前妻がおり、田中好子さんとは再婚らしいという話も気になります。

また、実家についてもみていきたいと思います。

田中好子のプロフィール

本名: 小達好子(旧姓:田中)

愛称: スー、スーちゃん

生年月日: 1956年4月8日

没年月日: 2011年4月21日(55歳没)

身長: 155cm

血液型: A型

出身地: 東京都足立区

最終学歴: 東京成徳短期大学

田中好子、子供は出産していないが母親でもある

夫の小達一雄さんとの間に子供は誕生していません。

けれども結婚会見で明かした通り、子供を望む気持ちは生涯変わらなかったようです。

乳がんが発覚してからは、もしかしたら子供は産めないかもしれないという思いを募らせていたといいます。


長男の嫁としての責任感もあり、不妊治療を受けていたという田中好子さん。

キャンディーズのメンバーは解散後も交流があり、伊藤蘭さんも藤村美樹さんも母親になっていました。

話題が子育てのことになる時もあったようです。

そのたびに田中好子さんは、うらやましい気持ちと焦る気持ちがせめぎ合っていたのではないかと思います。

継娘にあたる楯真由子は前妻の子供

小達一雄さんには前妻との間にもうけた娘がいます。

子役出身で、ブランクを経てMayuli名義で芸能活動を再開した楯真由子さんです。

両親の別居に伴い、幼少時から北海道の母の実家で育った真由子さん。

田中好子さんと初めて会ったのは20歳の時、祖母・小達スエさんの葬儀でした。

真由子さんにしてみれば、田中好子さんは母から父を奪った憎い相手。

最初は緊張したものの、田中好子さんから温かい言葉をかけられて打ち解け、他界するまでメールのやりとりを続けたそうです。

「私が芸能界のお母さんになってあげるね」と言ってくれたことが忘れられないと真由子さんは振り返っています。

メンバーの子供からも尊敬されている

小達さんとの子供を作らなかったため、血の繋がった子供はいないことになる田中さん。

ですが、キャンディーズのメンバーである伊藤蘭さんの娘・趣里(しゅり)さんは、田中さんをとても尊敬しているようです。


2011年に行われたデビュー後の初会見で、尊敬する人物に田中さんの名前を挙げています。

映画『0(ゼロ)からの風』を観て素晴らしいと感じたので、スーちゃん(元キャンディーズの故・田中好子さん)みたいな女優さんになりたいです。

『0からの風』は、2007年に公開された田中さんの主演作のひとつ。

実話を基にした作品で、飲酒運転撲滅のメッセージが込められています。

田中さんは、息子を飲酒運転事故で亡くした母親役を演じていました。

この作品が趣里さんの心に響き、田中さんを尊敬するようになったんですね。

趣里さんにとって、田中さんは母親の親友。

ですが、映画で母親を演じた姿を見て、親としての田中さんの顔も印象に残ったかもしれません。

実の親子ではありませんが、なんだか素敵な関係ですね。

趣里さんの女優としての活躍を、田中さんも見守ってくれていることでしょう。

役者としてなら子供は47人?

田中さんと親子の関係にあるのは、継娘の楯さんだけです。

ですが、フィクションの世界で考えると、少し違ってきますね。

年齢を重ねた田中さんは、主人公やヒロインの母親役を演じることが増えていきました。

『0からの風』のように、母親が主人公となる作品もあります。


つまり、田中さんの息子や娘を演じた役者は、たくさんいるわけです。

これには、葬儀で小達さんも言及していましたね。

「22男25女、合わせて47人もの子どもに恵まれた。好子はそのすべての子どもたちを心の底から愛していました」

47というのは、なかなかすごい人数です。

そうした仕事で、田中さんが子供を心底愛していたというのは、わかる気がしますね。

役で親子の関係になるとはいえ、全力でなりきるためには、本当の子供と思うように努めたはず。

演技の最中は、本気で実の子供に話しかけていたことでしょう。

それは、子供を演じる役者も同じであることが想像できます。

実際に血の繋がった子供はいなくても、それぞれの役と真剣に向き合った田中さんは、確かに母親だったのでしょうね。

田中好子は夫・小達一雄の再婚相手だった

1991年5月21日に結婚した夫の小達一雄さんは親友だった夏目雅子さんの実兄で、スイート・ベイジル会長などを務めた実業家。

田中好子さんは初婚、小達一雄さんは3度目の結婚でした。

当時は略奪婚と騒がれましたね。

時系列で整理すると、1988年に真由子さんが生まれ、一雄さんは真由子さんの母と入籍。

その翌年、田中好子さんとの不倫関係が発覚。

妻は過熱した報道に耐えきれず、真由子さんを連れて実家に身を寄せます。


まもなく夫妻は離婚し、一雄さんは田中好子さんと再婚。

しかし世間が驚いたのはこのあとでした。

田中好子さんの死後、『週刊女性』が爆弾を投下したのです。

一雄さんには10年来の愛人と女児の隠し子がおり、そのことは田中好子さんも気づいていたらしいという記事でした。

目撃証言によると、隠し子らしき女の子は一雄さんを「パパ」と呼び、3人の姿は家族そのものだったといいます。

一雄さんは亡き妻との愛の巣だったマンションを解約し、購入した億ションで3人の新しい生活をはじめました。

田中好子の実家は?

実家は東京・足立区にある田中屋釣具店。

兄弟姉妹は姉と弟です。

キャンディーズ解散後、女優として芸能界に復帰した理由のひとつに弟の存在がありました。

骨肉腫を患い、入退院を繰り返していた6歳下の弟は、姉の芸能活動再開を誰よりも望んでいたそうです。

しかし復帰の翌年に19歳で他界し、姉が『黒い雨』で主演女優賞を総なめにする快挙は見届けることができませんでした。

実家といえば、田中好子さんの遺骨を分骨して実家にも置いていることから、小達一雄さんとの確執も囁かれているようです。

小達家の墓にお墓参りに行けば、一雄さんと顔を合わせてしまう可能性がなきにしもあらず。

それを避けるため、自分たちは自分たちで供養したいという思いから分骨したというのがもっぱらの見方です。


キャンディーズ時代のスーちゃんは、将来幸せな家庭を築き、いかにも良妻賢母になりそうな女の子でした。

夫の不貞に胸を痛めながらも心に秘めていたのだとしたら、それは田中好子さんの優しすぎる性格の表れだったのかもしれません。

田中好子の経歴まとめ

70年代にキャンディーズで一世を風靡し、解散後は演技派女優として多くの映画やドラマで活躍した田中好子さん。

本名を小達好子(おだてよしこ)さんといい、1956年4月8日、東京・足立区で生まれました。

旧姓が田中です。

キャンディーズの3人はともにスクールメイツ出身。

ランちゃんこと伊藤蘭さんが不動のセンター&メインボーカルのイメージがありますが、この体制になったのはシングル5曲目の『年下の男の子』から。

初期にそのポジションを務めていたのがスーちゃんでした。

キャンディーズは人気絶頂の1978年、「普通の女の子に戻りたい」という名文句を残して解散。

わずか4年半で活動に幕を閉じます。

その後、田中好子さんは女優に転身。

1989年には井伏鱒二の小説を原作に原爆症を描いた映画『黒い雨』に出演。

この作品で、日本アカデミー賞をはじめとする数々の主演女優賞を獲得しています。


後年はドラマ『家なき子』『ちゅらさん』など、主人公の母親役で高い評価を受けていました。

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