石橋エータローの妻と遺志。家族がブリジストン創業一族&音楽家の息子で青木繁が祖父。ピアノと歌声が評判

ハナ肇とクレージーキャッツのピアニストとして活躍した石橋エータロー(いしばしえーたろー)さん。

コミックバンド所属とは思えぬ真面目な人柄としても知られています。

石橋エータローの遺志を受け継ぐ妻

音楽とお笑いを掛け合わせた「コミックバンド」。

その存在を世間に広めたと言われるのが「ハナ肇とクレージーキャッツ」。

ジャズ喫茶での演奏が評判となりテレビにも呼ばれるように。


そしてバラエティ番組「おとなの漫画」で注目を集めると「シャボン玉ホリデー」で大ブレイク。

更には「スーダラ節」が50万枚を超える大ヒットを記録するなど瞬く間に国民的バンドに。

そんなハナ肇とクレージーキャッツでピアニストを務めていたのが石橋エータローさん。

石橋エータローさんは大学卒業後、「ザ・ファイブ」というバンドを経て1963年にハナ肇とクレージーキャッツに加入。

ただ、加入前には同バンドがコミックバンドである事を知らなかったのでしょう。

演奏中に洗面器を投げられたり、女装させられる事が嫌で自殺まで考えたそうです。

それでも途中で脱退する事なく活動を続けた石橋エータローさん。

ですが1970年の年末に心臓病によりバンドを抜ける事になってしまいます。

途中で脱退しなかったのは徐々にコミックバンドの楽しさを感じたからか。

それともメンバーに迷惑をかけられないという責任感からかも。

石橋エータローさんはバンド脱退後は芸能界を引退。

芸能活動を続けると「バンド活動に不満があって脱退したのでは」と噂される事を危惧して引退を決めたそうです。

その後は料理研究家となり渋谷で小料理屋「三漁洞」を経営。

そして1994年に胃癌による心不全で66歳という若さで亡くなってしまいます。

石橋エータローさん亡き後、「三漁洞」を経営するのは妻の光子さん。

関西出身で明るい光子さんは同店の名物女将として多くのメディアに取り上げられたことも。

渋谷駅周辺の再開発により休業を余儀なくされた三漁洞。

ですが現在は別の場所に移転し営業を再開しています。

きっと働かなくても老後の心配は無いほどのお金を石橋エータローさんは残しているはず。

それでもお店を続ける妻の光子さん。

お店の経営、お客さんとのお喋りが楽しい、という事も理由の一つでしょう。

ですが、石橋エータローさんの残したお店を潰したくない、という思いが一番の理由な気がします。

石橋エータローの家族はブリジストン創業者の血筋

世界でも有数のタイヤメーカーとして知られるブリジストン。

創業者である石橋正二郎さんの名字「石橋」を直訳して逆さにした「ブリッジストーン」から「ブリジストン」という社名になったと言われています。

とはいえ石橋という名字は決して珍しい名字ではありません。

そのため名字が同じでもブリジストン創業者の血筋は極一部。

ですが石橋エータローさんはその極一部の血筋にあたる噂されているんです。

ブリジストンの血筋を引くと言われるのは石橋エータローさんの母。

母の実家は相当な資産家で400人〜500人の従業員を雇い運輸業を営んでいたそうです。

そして日本に数台しかないと言われるドイツ製のピアノ。

さらには飛行機まで所有していたんだとか。

飛行機は経営する運輸業で使用していたのでしょう。

とはいえ自前で飛行機を持つなんてそう簡単に出来る事ではありませんよね。

これは石橋エータローさんの母がブリジストンの血筋にあるのは間違いなさそう。

ですが、ブリジストン創業者の家系図を見ても石橋エータローさんの名前は見つからず。

そのため直系の血筋ではないのかもしれません。

とはいえ母の実家が相当裕福だった事は事実。

直系ではなくとも創業者の兄弟など非常に近しい血筋の可能性は高いと言えるでしょう。

石橋エータローは有名音楽家の息子だった


昭和初期のラジオ草創期に活躍した音楽家の福田蘭童さん。

尺八やピアノ、バイオリン、フルートなど習得した楽器は多岐に渡ります。

ただ、様々な楽器を演奏したのも尺八のため。

フルートのタンギングを尺八に取り入れるなど新たな尺八吹奏法を確立。

また、バイオリンの楽曲を尺八で演奏するなど尺八の可能性を追求し続けました。

ただ、福田蘭童さんは尺八への貢献だけでなく女癖の悪さも非常に有名。

結婚詐欺での逮捕歴があり、「蘭童」という言葉が結婚詐欺の代名詞となった事もあるほど。

その悪癖は結婚して子供が生まれても変わらず。

映画音楽を手掛けた際にロケ地に向かう船上で女優と強引に肉体関係を結んだ事で妻と離婚。

そして責任をとる形でその女優と再婚しているんです。

この離婚した妻が何と石橋エータローさんの母。

つまり石橋エータローさんは両親が離婚し母方の実家に戻った事で「石橋」になったんです。

両親が離婚した時、まだ幼かった石橋エータローさん。

そのため父親は死んだと言われていたそうです。

ですが、存命である事を知りその後、会いに行くと手厚く歓迎してくれたんだとか。

ところがその直後に母が石橋エータローの名前で父に慰謝料請求の訴訟を起こした事で関係が悪化してしまったそうです。

ただ、後に和解してからは良好な関係を継続。

実は石橋エータローさんが経営し、現在は妻が営む「三漁洞」は父、福田蘭童さんが開いたお店。


元々は福田蘭童さんが自ら釣り上げた魚を友人に振る舞うために開いたお店だったそうです。

福田蘭童さんから音楽と料理の才能を受け継いだ石橋エータローさん。

女癖の悪さを受け継がなかった事には多くの人々が胸をなでおろした事でしょう。

石橋エータローは祖父が画家の青木繁

28歳という若さで亡くなった伝説的の画家、青木繁さん。

限られた創作期間の中で代表作「海の幸」など数々の作品を発表。

ただ、早逝のため未完成の作品も少なくないんだとか。

その青木繁さんの息子が福田蘭童さん。

つまり青木繁さんは石橋エータローさんの祖父。

石橋エータローさんは代々続く芸術家の家系のようですね。

そして驚くべきことにブリヂストンの創業者である石橋正二郎さんは青木繁さんのコレクター。

その近しい血筋と思われる石橋エータローさんの母が福田蘭童さんと結婚したのは偶然なのでしょうか。

馴れ初めが明かされていない福田蘭童さんと母。

互いの家系のメリットを考えた婚姻は今でも少なからずありますよね。

もしかすると福田蘭童さんと母も互いの家系のメリットが優先された結婚だったのかもしれません。

石橋エータローはピアノだけでなく歌声も評判だった

幼少期からピアノを習いはじめた石橋エータローさん。

「将来はピアニスト」と早くから決めていたのか大学は東京音楽学校のピアノ科に進学しています。

ただ、石橋エータローさんが大学で学んだのはピアノだけではありません。

ピアノと並行して声楽も学んでいたそうです。

当時はまだクラシックだけで生計を立てるのは困難でした。

そのため、将来の可能性を広げるため石橋エータローさんは歌も学んだのかもしれません。

大学で声楽を学んだ事もあり美声としても知られた石橋エータローさん。


ハナ肇とクレージーキャッツのボーカルだった植木等さんに肩を並べると言われた事も。

ただ、石橋エータローさんはそれだけの歌声を持ちながら目立つような事はせず。

あまり自分だけが注目される事が好きではなかったのかもしれませんね。

もし石橋エータローさんが歌声も披露していれば今とは違った評価となっていたかも。

コミックバンドから本格派のバンドに転向していた可能性もありそうですよね。

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