俳優として常に第一線で活躍し、『世界陸上』開催時にはメインキャスターとしての実力も見せてくれていた織田裕二(おだゆうじ)さん。
実は彼の学歴は、高校まであの私立に通いあるスポーツに熱中していたようですね。
また、ドラマでは外交官の役も演じた彼ですが、その英語力、大学でみっちり鍛えたのでしょうか。
兄弟は何をされているのか、織田さんの出身も気になるところです。
織田裕二のプロフィール
愛称:織田ちゃん(的場浩司より)
本名:織田裕二
生年月日:1967年12月13日
身長:177㎝
出身地:神奈川県
最終学歴:ピッツバーク大学中退
所属事務所:BAC CORPORATION
織田裕二の学歴!高校まで桐蔭学園
織田裕二さんは、小学校から高校まで一貫して桐蔭学園に通っておられました。
やくみつるさんやデーモン閣下といった非常に多彩な才能をもつ方々の出身校としても知られるこちら、織田裕二さんもその1人だったのですね。
ちなみに、デーモン閣下とは10万5歳差の織田裕二さん。
世を偲ぶ姿の彼が、高3の時に中1だったということで、通学の際などにすれ違っていた可能性などはありますでしょうか。
また、スポーツ強豪校として知られる同校にて、織田裕二さんもあるスポーツに情熱を燃やしておられました。
それは、『陸上』と思いきや『テニス』です。
織田裕二は中1から高1までテニス部。
— よしお (@ikepochaLastboy) August 23, 2015
中学校から始め、高校1年生で膝を壊して退部したそうですが、その度合いは、練習のし過ぎで軟骨に異常をきたし、そのまま続けると歩行困難になる恐れがあったというのですから無理もありません。
当時の彼はその情熱のあまり死を考えたというのですから、いかに本気で取り組んでいたかがうかがえます。
他方、その後の織田裕二さんがその後取り組んだのが音楽活動でした。
のちに、『Love Somebody』をはじめヒット作を多数リリースする織田裕二さん。
原点は高校時代にあったようです。
織田裕二はアメリカの大学を中退
織田裕二さんの通われた大学は、ピッツバーグ大学E.L.I.日本校、ここを中退されています。
聞きなれない名前と思われた方も多いかもしれません。
織田裕二ってピッツバーグ大学日本校中退なんだな。カッコイイプロフィールだぜ。
— 69DE74というガイネン(撃つ用意) (@katatenipistol) February 21, 2012
1980年代から十数年の間に栄え、その多くが撤退していったアメリカの大学の分校の1つです。
日本に居つつ、アメリカの大学に行けるということでバブル期のブームの1つとなりました。
織田裕二さんご本人があまり当時のことを語ったことはない模様ですので、実際に通っていた方のブログなどを参考にしながらキャンパスライフを覗いてみました。
やはりアメリカの大学ということで、一般教養課程ではなく、ほとんどの学生が、ESL(ピッツバーグ大学では、E.L.I.なのだそうです)からスタートするというのがほとんどだそうです。
これは、外国人向け英語教育課程のことだそうです。
なかでも、同大学のものは、本格的だったといいます。
そのESL課程にて、質の高い英語教育受け、だいたい2年かけて卒業すると、大学課程へと進みます。
ただ、大学課程となるとより学びが難しくなるそうで、ここで中退していく人も多かったという体験談もありましたね。
織田裕二さんの場合は、大学1回生のときに映画「湘南爆走族」のオーディションに合格しており、俳優業との両立が困難だったことから中退されたのかもしれません。
このあたりは、俗に、入学以上に卒業するのが難しいと言われるアメリカの大学、日米のシステムの違いゆえの部分も大いにあるのでしょう。
織田裕二の英語力
中退とはいえ、ピッツバーグ大学E.L.I.日本校で学んでいた織田裕二さん。
実は、米国大学日本校は入学するためにTOEFLのスコアが一定以上必要となるところがほとんどです。
450点や高いところでは525点というところもあったようですね。
一般的な高校生が、350から400点と言われていた時代ですから、つまり、織田裕二さんも高校卒業の時点でそれ以上の実力があったということです。
では、その発音はというと、フジテレビ系2011年には、『外交官黒田康作』にてイ・ビョンホンさんと英語で会話するシーンが話題となりました。
フジTVの外交官黒田康作の織田裕二とイビョンホンの英語力と体格差には驚きました~!って録画したものを今頃見ています。
— lesedona (@lesedona) January 24, 2011
これを見る限り、流石と思わせる流暢な英会話でしたね。
ただ、通の方のブログのなかには、ジャパニーズイングリッシュだというご意見もありましたね。
とはいえ、お相手があのイ・ビョンホンさんです。
彼は、ネイティブに近いご親戚と日常的に会話して、英語力を鍛え、撮影場でもトレーナーと発音を練習するほど、精密な英会話力を誇っていますね。
つまり、織田裕二さんは同じ東洋人の使う英語でも、スペシャリストと比較されてしまったために、物足りないと感じられた部分自体ははあるのはないでしょうか。
けれども、織田裕二さんご自身もアメリカに永住権をもち、新婚生活を現地で送ったことも有名ですね。
織田裕二ってアメリカの永住権持ってたんだね…初耳だわ。
— かづえ@ありったけの愛 (@kazlovesmusic) August 23, 2010
やはり、本場で通用し、不自由なく暮らせるだけの発音やスキルは十二分に備えておられることはここでも明らかといえますね。
織田裕二の兄弟や出身について
織田さんは4人家族、二人兄弟の次男として育っています。
出身の神奈川県では、思春期を迎えた織田さんはワルかったらしく地元でも織田さんの名前は有名だったようです。
俳優としてデビューした映画『湘南爆走族』はまさにその頃の織田さん自身に近かったということでしょうか。
織田さんの家庭は当時からお金持ちとの噂が流れており、父親は大企業の役員を務めていると言われています。
その父の勤めている企業名は三菱電機など出ていますが噂なので定かではありません。
織田さんの学歴が桐蔭学園を一貫して高校まで卒業されているので、それを踏まえても裕福な家庭だったとわかるのではないでしょうか。
また織田さんには兄がいますが、テレビや雑誌などで織田さんが兄を語っている様子などはありませんでした。
お兄さんも織田さん同様に、10代の頃は地元でも有名な不良だったのでしょうか。
ただ噂では東大の出身だったり、仕事は弁護士や医者などエリートとして世間で活躍されているとのこと。
証拠は無いのですが、織田さんのお兄さんはエリートということで、勉強熱心で真面目に学業に勤めていたのでしょう。
そんな兄とのエピソードを語らない織田さんですが、若い頃のやんちゃ時代から兄弟仲があまりよろしくないのでしょうか。
もしくは織田裕二の兄という世間からの見方を考慮して、あえて織田さんが語っていないのかもしれません。
いずれにしろ織田さんの兄との関係は、あまり世間には出回っている様子はないということです。
俳優としてまだまだ織田さんは活躍が期待されていますし、いつか落ち着いた時期にでもテレビで兄弟のエピソードなどを語ってくれる織田さんを見れるのではないでしょうか。
織田裕二の兄が織田裕一けっこうすき
— furai (@7RD_C) October 7, 2018
兄の名前が、「裕一説」はネタでしょうね。
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