村上春樹の作風と魅力。芥川賞・直木賞なしの理由。海外人気とノーベル賞について

ここ十数年、ノーベル賞発表のシーズンになるたびに話題にのぼる村上春樹(むらかみはるき)さん。

これまで国内外の名だたる文学賞を数多く受賞していますが、その中に芥川賞と直木賞は含まれていません。

今回は、なぜ「世界のMURAKAMI」が芥川賞・直木賞と無縁なのかを考えながら、村上文学の作風や魅力、海外人気についてみていきます。

村上春樹の作風と魅力について

「そうだ、小説を書いてみよう」と思いたったのは、神宮球場の外野席の芝に寝ころんでプロ野球開幕戦を観戦していた時でした。

当時、村上春樹さんは29歳で、ジャズ喫茶「ピーター・キャット」のマスター。


さっそく安物の万年筆と原稿用紙を買いこんで、深夜のキッチンのテーブルで原稿用紙に向かう日々がはじまります。

小説はプロ野球の優勝球団が決まる頃に完成し、『群像』に応募。

この時の小説『風の歌を聴け』が翌年に群像新人文学賞を受賞して、記念すべきデビュー作となりました。

授賞式にはバーゲンで買ったコットンスーツにコンバースのスニーカーという出で立ちで出席。

「これから新しい人生がはじまるんだなあ」と思ったそうです。

村上作品の作風は、ひと言でいえばわかりやすい文章と難解なストーリーでしょう。

平易な文章に関してはデビュー当時から意識してきたそうです。

文章のリズムを重視するところはジャズに造詣が深い村上さんらしいですね。

一方、難解な物語については「論理ではなく物語として理解してほしい」と発言。

現実の世界と非現実なファンタジーを巧みに絡み合わせて物語を紡ぐところが村上スタイルといえそうです。

また、カート・ヴォネガットやリチャード・ブローティガンらアメリカ文学の影響を強く受けていることもあり、日本文学と比較して「バタくさい」「翻訳小説の読みすぎで書いたよう」と評されることも。

アメリカ的であり、ひいては無国籍的であることが「国を超えた作家」と呼ばれるゆえんなのでしょう。

ご本人いわく、自分の作品はあくまで日本文学であり、無国籍文学を志向しているわけではないとのこと。

こうした作風に魅力を感じて高く評価する人もいれば、アメリカ文学の影響が色濃い村上作品にはあまり魅力を感じないという人がいるのも事実です。

村上春樹が芥川賞・直木賞と無縁の理由

村上春樹さんといえば、ことあるごとに蒸し返される定番の話題がありますね。

それは、国内でもっともメジャーな芥川賞と直木賞を受賞していないというミステリー。

まず芥川賞についてみていくと、デビュー作『風の歌を聴け』と次作『1973年のピンボール』が候補に上がるも、どちらも落選。

芥川賞は純文学の新人作家に与えられる賞であり、短編・中編が対象です。

近年はデビューから何年もたった作家が受賞するケースもありますが、作家と作品が基本的に限定された文学賞であることに変わりはありません。

二度落選したあと、編集者から「これでもう村上さんはノミネートされることはないでしょう」と告げられたという村上春樹さん。

芥川賞は、ある時期がくると候補者のリストから外されるようで、以降の村上作品に長編小説が多かったこともあり、三度目の候補に選ばれることはありませんでした。

のちに国際的な作家となったことから、二度にわたる落選は批判の的になることも。

ちなみに、選考委員の一人だった大江健三郎さんは、『風の歌を聴け』を「無益な試み」と評し、『1973年のピンボール』は支持しています。

後年、自分は村上さんの実力を見ぬく力をもった批評家ではなかったと明かした言葉が、芥川賞無冠の理由を物語っている気がします。

一方の直木賞については、大衆文学の賞だから村上春樹さんは無関係と思う人もいるでしょう。

ですが、じつは芥川賞との境界線はあいまいで、過去に芥川賞の候補に上がりながら直木賞を受賞した作家が何人もいます。

そのうえ中堅の作家が対象ですから、村上春樹さんがノミネートされてもおかしくはなかったのです。

ここからは筆者の推論ですが、無冠に大きく影響したのは1985年に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で谷崎潤一郎賞を受賞したことではないかと思います。

各文学賞には序列があり、「あの賞の候補になるには、先にこの賞を獲得したほうがいい」といった不文律があると聞きます。

賞の知名度はさておいて、文学界では谷崎潤一郎賞のほうが直木賞より格が上とみられているのでしょう。

もし村上春樹さんが賞と無縁のまま活動を続けていたら直木賞を受けていたかもしれません。

そうならなかった理由は、谷崎潤一郎賞を含む他の賞が早い時点で村上作品を評価したからで、結果として直木賞の出る幕がなくなってしまったと考えることができます。

村上春樹の海外人気とノーベル賞について

今や「世界のMURAKAMI」となった村上春樹さんの作品は、海外ではどう受けとめられているのでしょうか。

アメリカの人気作家・ジェイ・マキナニーさんは、村上作品は舞台こそ日本だが、そこがニューヨークやミラノでも違和感がなく、世界中の人々が同じように読むことができると絶賛。

またアメリカ文学の翻訳の第一人者・柴田元幸さんは、現代のアメリカで大きな影響力をもつ作家と位置づけています。

国際的な作家へ飛躍する足がかりとなったのは、名門誌『ザ・ニューヨーカー』と優先掲載の契約を結んだことでした。

同誌の掲載基準を満たした作家は注目され、本のセールスも期待されます。

『海辺のカフカ』はニューヨーク・タイムズ紙が選んだ2005年のベストブック10入りを果たし、2011年に『1Q84』が発売された時は午前0時から販売を開始する書店がニューヨークで続出。

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、ニューヨーク・タイムズ紙でベストセラー1位になりました。

ノーベル文学賞の有力候補として日本のメディアが盛り上がりはじめたのは、村上さんがチェコの文学賞、フランツ・カフカ賞を受賞した2006年頃からです。

前年度と前々年度の同賞の受賞者が二人ともその年のノーベル文学賞を受賞したことが後押ししたのでしょう。

「有力候補」と報じられますが、ノーベル賞の選考過程は受賞後50年を経ないと公表されないため、公的な候補者というわけではありません。

2018年は選考機関の関係者の不祥事で発表が見送られましたが、代替賞であるニュー・アカデミー文学賞のショートリストには村上春樹さんが入っており、選考の時点で辞退しています。

2020年のノーベル文学賞はアメリカのルイーズ・グリュックさんに贈られました。


このさき村上春樹さんがノーベル賞を受賞してもしなくても、村上作品の魅力は変わりません。

けれども、あまりに有名なエルサレム賞授賞式での「壁と卵」のスピーチのように、ノーベル文学賞を受賞した村上さんが世界に向けてどんなスピーチをするのかについてはとても興味があります。

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