芥川龍之介の母と父、生い立ちとトラウマ。田端の家について

『羅生門』、『トロッコ』などの優れた小説を残し、日本文学史にその名を刻む文豪・芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)。

作品は国語の教科書で読んだかもしれませんが、その生涯について知る人はあまりいないのではないでしょうか。

今回は芥川の母、父について詳細を調査し、生い立ちについてまとめました。

また自殺するまで、およそ13年間を過ごした、田端という土地と家についてもご紹介していきます。

芥川龍之介のプロフィール

本名:芥川龍之介

生年月日:1892年3月1日

身長:不明

出身地:東京市京橋区入船町8丁目(現在の東京都中央区明石町)

最終学歴: 東京帝国大学英文科(現在の東京大学)

芥川龍之介の母と父、生い立ちとは

まず芥川の両親について見ていきましょう。

母はフクという名前の女性で、父は牛乳製造販売業を営む新原敏三という実業家でした。

フクは芥川を生んでしばらくすると、精神に異常をきたし始めます。


精神異常の理由にはさまざまな説がありますが、長女・初が7歳で病により亡くなったことや、妹のフユと夫・敏三の不倫で私生児が生まれたことなどが原因のようです。

また芥川は両親が厄年の、いわゆる大厄に生まれ、当時の風習に従って形式上の「捨て子」となります。

そういった事情から、伯母・フキのもとで育てられるようになりました。

芥川が11歳のときにフクが亡くなり、叔父・芥川道章の養子になって、正式に新原家の相続排除を行っています。

これらの込み入った事情が、その生涯に暗い影を落としたのでしょう。

とくに母の発狂によって、自分もいつ発狂するかわからないという恐怖に付きまとわれていたようです。

そんな芥川が最も心を許していたのが、伯母のフキでした。

文学好きのフキによって良い教育を受けたおかげで、幼少期から学業優秀だったそうです。

ただ実父と叔母・フユの間の不倫で生まれた、腹違いの弟・得二に対しては、当然ながら良い感情を抱いていませんでした。

この不倫によって、新原家と芥川家のいがみ合いが続き、幼い芥川は心に傷を負うことになったのです。

学生時代にも、このいがみ合いによって失恋を味わうことになります。

幼馴染の吉田弥生という女性に恋をするのですが、吉田家は芥川家と折り合いの悪い新原家と仲が良かったのです。

芥川家の反対によって、2人が結ばれることはありませんでした。

この悲恋が生涯、芥川のトラウマとなったことは間違いないでしょう。

芥川ゆかりの街・田端について

不遇な前半生を送った芥川ですが、次は作家として活躍するようになってから晩年までを過ごした街について見ていきましょう。

芥川は1913(大正2)年、東京帝国大学に進学、翌年に養父母と共に東京都北区にある田端へ移り住みます。

この街には室生犀星など文化人が多く住み、文芸誌の発行をして執筆活動に明け暮れたことから、「田端文士村」という名も残るほど文学活動が活発な土地でした。

ここで多くの文士と交流し、文学談義を交わした日々は、芥川にとって充実したものだったのでしょう。

不遇な幼少期と比べ、田端に移ってからの楽しさは期待以上だったのではないでしょうか。

だからこそ最後も、田端の自宅で死ぬことを選んだのかもしれません。

芥川終焉の地。田端の家

では芥川が学生時代から最期までの13年間を過ごした家は、田端のどこにあったのでしょうか。

新築だった自宅の住所は「北豊島郡滝野川町字田端435番地」で、現在の東京都北区田端1丁目にあたり、旧居跡には記念碑が建っています。

大学卒業後、海軍機関学校の英語教師をしていた1916(大正3)年から3年間は、鎌倉と横須賀に住んでいました。

退職後は専業作家となり田端の家に戻っているので、実質は計10年ほど田端に住んでいたことになります。

自宅が登場する貴重な映像資料が残っていますが、そのビデオでは芥川が得意げに自宅の木から瓦屋根へと上っていました。

妻と子供たちに囲まれ、田端での生活を謳歌していたことがわかりますね。

長男は俳優の芥川比呂志、三男は音楽家の芥川也寸志ですから、2人も田端という文化人が交流する街で感性をはぐくんだのでしょう。

田端での作家生活を楽しんでいたかに見える芥川。

突然の自殺は、その幸せを失う前に自分から断ち切ろうという衝動による面も大きかったのではないでしょうか。

多くの友人はその自殺に驚いたものの、妻の文夫人だけは、亡き夫に向かって「よかったですね」と語りかけたという逸話があります。

芥川は幼少期が不幸だったからこそ、田端での幸せな生活もいつか失われることを極度に恐れることがあったのではないでしょうか。


その前に自ら死を選ぶ気配を、夫人は感じ取っていたのかもしれません。

今回は芥川龍之介と田端についてご紹介しました。

幼少期からの暗い思い出に、幸せをつかんだ後も付きまとわれ続けていた、孤独な文豪だったのかもしれません。

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コメント

  1. 何にもわかってないな、これ書いた人