原辰徳の家系図。父は監督、甥・菅野智之との関係。兄弟、祖父と家族まとめ

原 辰徳(はら たつのり)さんは選手だけでなく監督としても名を挙げています。

また、自身だけでなく家系に野球関係者が多いことでも話題になっていました。

今回は原さんの父親や菅野智之さん、兄弟など家系について見て行きましょう。

原辰徳のプロフィール

本名:原 辰徳 (はら たつのり)

身長:181cm

血液型:A型

出身地:神奈川県相模原市

生年月日:1958年7月22日

所属球団:読売ジャイアンツ(1981~95) ※選手歴

ニックネーム:若大将

原辰徳の家系図には野球関係者が多かった

最初に今回のテーマの肝である原辰徳さんの家系図を見ておきましょう。


父親や甥の菅野智之さん、兄弟については個別の項目で取り上げて行くので、ここでは大まかな家系図を押さえることで全体の内容を読み解く参考にしてください。

辰徳さんの父(貢さん)は東海大学付属相模高校(以下、東海大相模)の野球部監督として活躍し、妹の詠美さんは菅野隆志さんと結婚して智之さんを生んでいます。

厳密に言えば家系の中でプロ野球選手になったのは辰徳さんと智之さんだけですが、隆志さんも腰の怪我が無ければプロに進めるほどの実力だったと言われていました。

あらためて原家の家系図を見ると、かなりの野球一家であることがよく分かりますね。

原辰徳の父親は伝説の野球監督だった

次は原辰徳さんの父親についてリサーチして行きます。

父親の名前は貢(みつぐ)さんといい、学生野球界では伝説の監督として知られていました。

社会人野球の選手を経て「福岡県立 三池工業高校」の野球部監督に就任し、全国的に知られていなかった同校を夏の甲子園(1965年)で優勝させるという偉業を成し遂げています。

優勝した翌年12月に東海大学の総長から直々に招かれて東海大相模の野球部監督になり、着任3年目の1969年に夏の甲子園へ同校を出場させ、その翌年には優勝させるなど手腕を発揮。

1974年に長男の辰徳さんが東海大相模に入学したことで注目を集めましたが、グラウンドにあっては親子の情を微塵も見せないスパルタ指導が大きな話題になったそうです。

時には人前で辰徳さんを殴ったこともあったそうですが、これは自分の息子であっても特別扱いはせず、周りにも厳しく接しているところを見せる意味もあったのでしょう。

貢さんは辰徳さんの東海大学進学に伴って同大学の硬式野球部監督に就任し、1980年12月に東海大相模の監督に復帰するまで間に首都大学リーグ7連覇を達成しています。

普段の言動から強気で攻めの性格に思われがちですが、守りや機動力を重視した堅実な野球を持ち味にしており、指導法も練習中に水分補給を認めるなど革新的でした。

当時はウサギ跳びを奨励したり、練習中の水分補給を禁じるのが主流という時代だったのです。

1996年10月29日に現場を離れて「東海大学系列校 野球部総監督」に就任し、2014年5月4日に心筋梗塞により78歳で亡くなった際には「東海大学野球部 名誉総監督」を送られました。

ちなみに、グラウンドでの厳しいイメージが強い貢さんでしたが、家での様子は辰徳さんが「悪く言えば二重人格」と表現するほど温厚で優しい父親だったそうです。

甥はジャイアンツの菅野智之

次は原辰徳さんと甥の菅野智之さんの関係を見て行きましょう。

辰徳さんには詠美(えいみ)さんという妹が居ましたが、神奈川県で不動産業をしている菅野隆志さんと結婚をして1989年10月11日に長男の智之さんを授かっています。

智之さんは6歳の時に伯父にあたる辰徳さんの引退試合を観て野球を始め、小学校での少年野球クラブや中学校の部活を経て父や伯父と同じ東海大相模高校に進みました。

高校では肩の怪我などもあって3年間で1度も甲子園に出場することは出来ませんでしたが、辰徳さんと同じ東海大学へ進んでから投手としての才能が一気に開花。

2011年のドラフト会議ではジャイアンツ入りを熱望して挑みましたが、日本ハムが指名を強行して指名権獲得(抽選)となったことから入団拒否を決断して浪人になりました。

浪人中は野球観戦やアメリカ(アリゾナ州)でトレーニングをしたことで様々な経験を積み、心身共に大きく成長することができた1年だったと智之さんは振り返っています。

2012年のドラフト会議でジャイアンツから1位指名を受けて入団し、2年連続の沢村賞(2017~8)や日本プロ野球新記録となる「開幕投手13連勝」など日本を代表する投手に成長。


ちなみに、辰徳さんに憧れてジャイアンツに入団しましたが、事あるごとに「原辰徳の甥」と言われることについては”嫌なことが多かった”と複雑な心境を吐露していました。

これは偉大な父や親族を持つアスリートならではの悩みであり、智之さんを含めて多くは「自分の名前を覚えて欲しい」という一種のモチベーションになっているそうです。

智之さんによる自己評価は分かりませんが、2023年現在に至るまでの活躍を見ると選手としての成績や才能は辰徳さんを超えていると言っても過言ではないでしょう。

原辰徳の兄弟や祖父について

最後に原辰徳さんの兄弟や祖父について見ておきます。

家系図や菅野智之さんの項目で触れた通り、辰徳さんには詠美(えいみ)さんという妹がいます。

過去に智之さんを取り上げたスポーツ番組のインタビューに答えていますが、詠美さんが兄の辰徳さんによく似ているとファンの間でも話題になっていました。

辰徳さんには他に兄弟は居ませんが、智之さんには奈那(なな)さんという姉がいるそうです。

また、辰徳さんにまつわる「祖父」というのは扱いが難しく、ほとんど全ての場合は”貢さんの父にあたる祖父”ではなく”智之さんの祖父(貢さん)”と言えるでしょう。

確かに辰徳さんの祖父(貢さんの父)が気になる方が居ても不思議ではありませんが、昔のことなので名前や生年月日などの経歴を確認することは出来ませんでした。


もっとも、辰徳さんが自分の祖父について語る可能性はゼロでは無いので、関心をお持ちの方はインタビュー記事やイベントでの発言に注目すると良いかもしれません。

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