利根川進の現在。天才の息子が自殺。前妻と再婚した妻について。性格はアメリカン

免疫学を研究し、抗体に関係する遺伝子の仕組みを明らかにした利根川進(とねがわ すすむ)。

1987年に業績が認められ、ノーベル生理学・医学賞に輝きましたね。

今回は利根川さんの人柄に焦点を当てていきましょう。

2023年現在の様子、息子、前妻、再婚した妻の情報を確認します。

併せてアメリカンな性格についてご紹介します。

利根川進のプロフィール

本名:利根川進

生年月日:1939年9月5日

出身地:愛知県、富山県、東京都

最終学歴:カリフォルニア大学サンディエゴ校博士課程

利根川進の現在

まず利根川さんの現在を確認します。

利根川さんは1987年に、「免疫グロブリン」の遺伝子構造を解明し、ノーベル賞を受賞しました。

1994年にはマサチューセッツ工科大学の「ピカウア学習・記憶研究センター」の所長に就任。

2006年に辞職し、2009年に「脳科学総合研究センター」でセンター長に就任しました。

2021年には各国のノーベル賞受賞者と共に、化石燃料開発の廃止を求め、公開書簡を公表。

ジョー・バイデン大統領が主催する「気候変動サミット」に向け、再生可能エネルギーに投資するよう求めました。

日本人では利根川さんの他、2014年に物理学賞を受賞した天野浩さんや中村修二さんら、合計4人が署名。

80歳を超えてもなお、社会に対して意思表明を続けていることがわかりましたね。

利根川進の息子と娘たち

利根川さんはボストンで、3人の子供をもうけました。

長男の秀(ひで)さん、長女の英(はな)さん、次男の知(さと)さんで、全員がアメリカ人です。

秀さんはマサチューセッツ工科大学から日系IT企業へ就職。

英さんはスキドモア大学を卒業し、マスコミ業界へ進みました。

2人ともかなりのエリートですが、もっとも天才的な知性の持ち主だったのは、末っ子の知さんだったそうです。

父も驚くほど万能で、物理や数学の他、チェロやピアノの演奏などで天才的な能力を発揮。

ピアノのコンペティションを勝ち抜き、カーネギーホールで演奏した経験もあったそうです。

知さん自身は父と同じくサイエンティストを目指していました。

しかし彼は2011年10月、入学直後のマサチューセッツ工科大学の学生寮で、遺体となって発見されます。

死因はヘリウム自殺だったそうです。

わずか18歳だった知さんが、なぜ死を選んだかは明らかにされていません。

あまりに偉大な父の存在が重圧となり、苦悩した結果だった可能性もありそうです。

ただ天才青年の考えを推し量ることは、おそらく実父である利根川さんにも不可能でしょう。

利根川さんは「ノーベル賞を返却する代わりに、息子を返して欲しい」と考えたといいます。

おそらく今も毎日、亡くなった息子のことを思い出しながら過ごしているに違いありません。

利根川進の前妻

利根川さんは生涯で2度結婚しています。

前妻について詳しい情報はありません。

ネット上には、利根川さんが一時期無収入になったため、離婚したという情報がありました。

またSNS上には、ノーベル賞受賞時に妻子がいたものの離婚し、再婚相手との間に知さんが生まれたという情報もあります。

さまざまな憶測が飛び交っており、真相は不明確です。

ただし3人の子供たちはいずれも再婚相手との間にもうけたはず。

またノーベル賞受賞時、すでに彼は再婚していたため、SNS上の情報は誤りの可能性が高いでしょう。

再婚した妻はサイエンスライター

利根川さんの再婚相手で、2023年現在の妻は、サイエンスライターの吉成真由美(よしなり まゆみ)さんです。

1953年生まれで、マサチューセッツ工科大学の認知科学学部を卒業し、ハーバード大学大学院修士課程へ進学。


心理学部脳科学専攻を修了したインテリでした。

修了後はNHKのディレクターとして活動し、子供番組や教育番組を担当。

担当した特集番組「21世紀は警告する」で利根川さんと知り合い、結婚に至りました。

サイエンスライターとしては『知の逆転』や『知の英断』などの著作を発表。

NHKは退職済みですが、放送局で磨いた取材能力は非常に高く、インタビュアーとしても一流の人材です。

吉成さんは14歳年上の夫を支えながら、自身の活動も精力的に続けてきた、バイタリティー溢れる女性なのでしょう。

利根川進はアメリカンな性格

利根川さんは昔から、「イエス」か「ノー」をはっきりさせたがる性格だったそうです。

日本人の多くは、お茶を濁す表現が好きなため、利根川さんのような人は珍しいでしょう。

ときに炎上しかねない発言でも、物おじせず口にしてきたようです。

ただはっきりとモノを言う人が多いアメリカでは、彼のような性格の人は好まれたはず。

だからこそ自分でも、「アメリカ社会は居心地がいい」と判断したのでしょう。

カリフォルニア大学へ留学後は現地で研究を続けました。

また彼は、「難しいことがあってもへこたれず、研究を続けられる人こそ、サイエンス向き」と発言しています。

利根川さんは楽観的で、ドライな性格だったのでしょう。

アメリカという自分に最適な研究場所を見出せたからこそ、研究者として見事に花開いたといえますね。


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