天知茂の息子と娘。死因はくも膜下出血、葬儀での妻の言葉。役と異なる性格

名探偵・明智小五郎役で人気を博した天知茂(あまち しげる)さん。

ニヒルで冷静なキャラクターが似合う名優でしたが、実際は良き家庭人だったようです。

普段の天知さんについて、息子と娘の詳細、死因のくも膜下出血、葬儀での妻の言葉を確認しましょう。

またニヒルな役とは異なる性格をご紹介します。

天知茂のプロフィール

本名:臼井登

生年月日:1931年3月4日

死没:1985年7月27日

身長:不明

出身地:愛知県名古屋市

最終学歴:東邦商業学校

天知茂の息子は元俳優の城英樹。娘はすでに死去

天知さんはニヒルでクールなイメージが定着しており、謎めいた人物のように思えますね。

私生活における姿があまり想像できない俳優といえるかもしれません。


彼は新東宝スターレットの同期・森悠子さんと結婚しました。

「森悠子」は女優名であり、実際は純代さんという名前だったそうです。

2人は円満夫婦で、1男1女をもうけています。

息子は元俳優の城英樹さんです。

天知さんにとって唯一のコメディ主演作だったドラマ『AカップCカップ』(83年)で親子共演を果たしています。

天地さんが演じた日下部社長は「元警視庁の特捜部刑事」でした。

この設定は、1973年から放送された彼の主演ドラマ『非情のライセンス』のパロディです。

深刻な表情のイメージが強い天知さんですが、意外にもコメディを楽しんでみたかったのかもしれませんね。

自身の役を自らパロディ化した『AカップCカップ』で、息子とも共演を果たし、きっと満足できたのでしょう。

しかし同作は天知親子にとって、最初で最後の共演ドラマでした。

息子の英樹さんは俳優として芽が出ず、結局一般人になってしまったのです。

俳優を辞めてからの詳細は不明ですが、芝居の道を諦めてしまったのは残念ですね。

何らかの事情があったのかもしれませんが、別の道で充実した生活を送っていることを願うばかりです。

また天知さんの娘は、オルガニスト兼作曲家として活動していたそうです。

しかしくも膜下出血を発症し、母の純代さんより先に亡くなってしまいました。

優秀な音楽家だったにもかかわらず、早くに亡くなってしまったのは残念です。

純代さんは2007年に75歳で亡くなりました。

娘に先立たれ、寂しく晩年を過ごしていたに違いありません。

天知茂の死因はくも膜下出血。葬儀での妻の言葉

天知さんは1985年にくも膜下出血を発症し、54歳の若さで亡くなりました。

のちに娘も同じ病気で亡くなったことを考えると、遺伝的にくも膜下出血を発症しやすい家系だったのかもしれません。

遅咲きだった天知さんは、ようやく俳優として順調に活動し始めていた時期に亡くなってしまいました。

明智小五郎役で人気を得て、時代劇やコメディでも新境地を開拓し、映画製作も企画していた矢先の死だったのです。

本当はもっと多くの名演を見せていたであろうことを考えると、早世が惜しまれる俳優ですね。

葬儀では妻の純代さんが、「夫婦喧嘩をしたことがない」と語ったそうです。

天知さんは妻想いの優しい旦那さんだったのでしょう。

夫婦仲が良かった点から考えても、もっと長生きして家族と一緒に過ごしてもらいたかったですね。

役と異なる気さくな性格

天知さんはニヒルな役が多かったため、本人の性格もニヒルだと思われることが多かったようです。

しかし実際の彼は、葬儀の際に純代さんが述懐した通り、夫婦喧嘩すら起こさない温厚な性格でした。

妻や子供たちを思いやる良き家庭人だったのです。

仕事でも後輩に対する面倒見が良かったため、人々から非常に慕われていたようですね。


宮口二郎さんや奥田瑛二さん、宅間伸さんはいずれも彼の元付き人です。

宮口さんが『非情のライセンス』や「江戸川乱歩の美女」シリーズに出演したのも、天知さんのはからいによるものでした。

彼は『仮面ライダー』で演じたゾル大佐のように、ニヒルな悪役が似合う点は、師匠から大きな影響を受けたように思えますね。

天知さんは役とかけ離れた、真面目で思いやり深く、気さくな性格だったのです。

これ以上ないほど優しく魅力的な人柄だったといえますね。


彼が亡くなった際は、家族はもちろん、多くの後輩や仕事仲間が悲しんだに違いありません。

もっと長生きして、さまざまな名演を見せつつ、仲間やファンを楽しませて欲しかったですね。

吉田輝雄の現在。息子と妻、家族について。俳優の経歴まとめ

三原葉子の結婚と死因、晩年について。新東宝の映画女優、経歴まとめ

久保菜穂子の現在。子供と結婚。恋人・梅宮辰夫との破局と夫について

コメント