式場隆三郎の息子、華やかな家系図と邸。山下清の才能発掘と脳室反射鏡展

画家・山下清の才能を見出し、彼を世に送り出した精神病理学者の式場隆三郎(しきば りゅうざぶろう)。

山下へのサポートと「脳室反射鏡」という言葉に代表される人物です。

今回は式場の息子、華やかな家系図、千葉県市川市の邸についてご紹介します。

併せて山下とのエピソード、話題となった脳室反射鏡展の詳細を見ていきます。

式場隆三郎のプロフィール

本名:式場隆三郎

生年月日:1898年7月2日

死没:1965年11月21日

身長:不明

出身地:新潟県五泉市

最終学歴:新潟医学専門学校(現在の新潟大学医学部)

息子は式場隆成。華やかな家系図に歌手の欧陽菲菲

式場には、式場隆成さんという息子がいました。

式場の著作『二笑亭綺譚』に文章を寄稿しており、父の活動にかかわりを持っていたようですね。

後述しますが、式場は昭和の怪建築として知られた伝説の建物「二笑亭」に芸術的価値を見出した人物です。


「二笑亭」は東京都の深川で、地主の渡辺金蔵が自ら大工となって作った謎の建物。

牢屋のような外見と、意味もなく空に伸びたはしご、和洋合体風呂や両方とも口を閉ざした狛犬などが特徴でした。

この奇妙な建物について式場が記したのが、『二笑亭綺譚』です。

式場の息子である隆成さんは、「二笑亭」の構成に茶道趣味の影響を見出した旨を、寄稿文にしたためています。

「二笑亭」は1938年に取り壊されたものの、今なおカルト的人気を誇る伝説の建物です。

隆成さんは父が研究した建物の奇妙な魅力に気づき、彼の研究を引き継いだのでしょう。

また式場には、美香子さんという娘がいます。

彼女については、文学者・鈴木大拙の養子と結婚したという情報がありました。


大拙の養子は、『東京ブギウギ』の作詞家・鈴木勝さんです。

彼は「アラン」という名前でも知られるハーフとされていますが、どうやら3番目の妻が式場の娘だったようでした。

つまり式場にとって義理の息子が、鈴木アランさんということになりますね。

ちなみに「レーサーの式場壮吉さんが、式場の息子」という情報がありました。

しかしこちらは間違いで、壮吉さんは式場の甥にあたります。

彼はレーサーであると同時に実業家、アマチュアのジャズマンという多才な人物でしたね。

音楽界の大物とも親しかった彼は、歌手の欧陽菲菲(オーヤン・フィーフィー)さんと結婚しました。

式場家の家系図には菲菲さんをはじめ、有名人が複数いることがわかりましたね。

千葉県市川市の式場邸

1939年、千葉県市川市に式場隆三郎邸が竣工しました。

式場邸は手工芸品に美を見出した、民芸運動の指導者たちが設計。

基本設計は民芸運動の先駆者・柳宗悦、実施設計は陶芸家の濱田庄司が担当しました。

式場自身も美意識が高く、民芸運動に当事者として参加しています。

邸内は洋風の暖炉と和風の障子が共存しており、彼独自のこだわりがうかがえますね。

邸は市川市国府台にある式場病院構内に現存しています。

歴史を感じさせる邸の様子を、ぜひのぞいてみたいものですね。

日本のゴッホ・山下清のほか草間彌生も発掘

「日本のゴッホ」と呼ばれた天才画家の山下清。

彼は障害児入所施設「八幡学園」で、ちぎり紙細工の創作に没頭していました。

当時学園の顧問医だった式場は、山下の才能を見抜き、彼をサポートして世に送り出すのです。

式場は精神病理学者であると同時に、ゴッホをメインに美術研究にも取り組んでいました。

ゴッホの研究書籍を出版したほか、1951年には銀座の松坂屋で、複製画のゴッホ展を開催します。

複製画による展覧会とはいえ、ゴッホを鑑賞する機会が少なかった当時の人々が数多く押し寄せました。

式場は精神病理学者としての活動の傍ら、ゴッホ作品の研究と普及に取り組んでいたのです。

彼には真の芸術家を見出せるセンスがあったからこそ、山下の才能を見抜けたのでしょう。

山下を褒め、才能を伸ばし、彼の展覧会を開催して活動を後押ししました。

結果的に山下の生涯がドラマや映画にもなり、彼は「裸の大将」として全国的に知られる存在となるのです。

さらに草間彌生さんの才能をいち早く見出したのも式場でした。

今や世界的アーティストの彼女ですが、まだ無名だった時代、式場から才能を発掘されます。


式場は彼女を日本橋の白木屋へ紹介し、初の個展開催を実現させたといわれてきました。

草間さんはその後、国内外で活躍する有名アーティストとなるのです。

式場はまさに「天才を見出す天才」だったといえるでしょう。

脳室反射鏡展が好評

式場が特殊な才能を見出す際に使った言葉が「脳室反射鏡」です。

可視(科学)と不可視(芸術)を往還する個性を評した言葉で、彼の著作のタイトルとして知られています。

2020年には全国各地で展覧会「式場隆三郎:脳室反射鏡」が開催され、話題となりました。

2021年には新潟市美術館の「ミュージアムショップ ルルル」で、同展覧会の図録も販売されています。

式場は怪建築「二笑亭」の記録『二笑亭綺譚』を執筆しましたが、展覧会では「二笑亭」の模型が展示されました。

幻の建物を見学できたマニアックな人々は、興奮しながら展覧会を楽しんだようですね。

先述の通り式場は、お化け屋敷のように奇妙な「二笑亭」に芸術的価値を見出したのです。

人物のみならず、特殊な建築物をも芸術として認識できたのは、独特な感性があった証拠ですね。


精神病理学者としては大きな業績を残した人物とはいえません。

しかし彼が隠れた芸術を大衆に広めた業績は、あまりに大きかったといえるでしょう。

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