阿部慎之助は阪神ファンで入団希望。性格はリーダー向き?年俸推移や愛車、腕時計をチェック

阿部 慎之助(あべ しんのすけ)さんはジャイアンツの要として19年間走り続けました。

そんな野球人生とは裏腹に宿敵である阪神のファンだったことは有名な話だそうです。

今回は阿部さんの阪神入りの噂や性格、年俸や愛車などをチェックして行きましょう。

阿部慎之助のプロフィール

本名:阿部 慎之助 (あべ しんのすけ)

身長:180cm

出身地:千葉県東葛飾郡浦安町 (現・浦安市)

生年月日:1979年3月20日

所属球団(選手歴):読売ジャイアンツ (2001~2019)

所属球団(指導歴):読売ジャイアンツ (2020~)

阿部慎之助は阪神ファンで入団も希望していた

最初は阪神ファンだった阿部慎之助さんが入団を希望していた噂を見て行きましょう。

阿部さんの父・東司(とうじ)さんは高校時代にのちの「ミスター・タイガース」になる掛布雅之さんと同級生で、野球部ではクリーンナップを打つという良きライバルでした。


父の繋がりあって阿部さんは掛布さんに憧れるようになったらしく、そこから阪神タイガースのファンになって同じ左打ちに転向する理由の一つになったとも言われています。

家族ぐるみの付き合いは大人になってからも変わらず、阿部さんが引退会見(2019年9月25日)をした後に掛布さんは驚きのエピソードを明かしていました。

それエピソードとは、阿部さんが阪神タイガース入りを希望していたという衝撃的な内容です。

阿部さんが中央大学を出る際、東司さんが掛布さんに「ドラフトで指名する気があるのなら行くよ」と告げ、条件面もどうでもいいという驚きの内容でした。

しかしながら、当時の掛布さんは球団幹部ではなく野球解説業を生業としており、しかもスポーツ報知や日本テレビが中心だったので古巣との関係も良くなかったそうです。

それでも掛布さんは球団スカウトに事の詳細を伝えたそうですが、正捕手に矢野燿大さん、さらに過去のドラフトで高校生捕手を獲得していたので指名には至りませんでした。

もしも当時の掛布さんが球団関係者で、さらに正捕手に矢野さんが居ない状況だったならば「阪神タイガースの阿部慎之助」が誕生していた可能性は高いでしょう。

ただし、両球団は育成方法やホーム球場の違いもあるので、タイガースに入団した阿部さんがジャイアンツの阿部さんほど活躍できていたかは微妙なところですね。

いずれにしても、ほんの少しのズレで人生は大きく変わってしまう物だと痛感しました。

阿部慎之助の性格は指導者向き?

次は阿部慎之助さんの性格についてクローズアップして行きます。

阿部さんは捕手というポジションだったこともあってチーム全体を見渡す広い視野を持ち、バッテリーを組む投手に対しても良さを引き出すことを心掛けていました。

ジャイアンツ時代の晩年は代打などベンチを温めることも多かったですが、常に前向きで人前では笑顔を欠かさないといった雰囲気(空気)を読むことも忘れていません。

控えとして待っている間も若手選手の質問に答えるなど兄貴分の資質がある一方、ふざける時と真面目にする時の「ON・OFF」がシッカリとしているタイプとも言えました。

前項で触れた掛布雅之さんも阿部さんのリーダーとしての資質を高く評価しており、温厚そうに見えて中には(父親譲りの)熱いものがあると人柄も絶賛しています。

阿部さんがジャイアンツの二軍監督になってまだ間もないですが、数多くいる有望な若手をどのように育てて一軍に送り出してくれるのか楽しみは尽きないところですね。

阿部慎之助の年俸推移が凄い!

ここでは阿部慎之助さんの年俸推移について簡単に振り返っておきましょう。

年俸の推移については入団1年目となる2001年から引退する2019年までのデータを紹介します。

2001年(1)  1,300万円
2002年(2)  3,800万円
2003年(3)  7,800万円
2004年(4)  7,500万円
2005年(5)  1億2,000万円
2006年(6)  1億4,000万円
2007年(7)  1億4,000万円
2008年(8)  2億4,000万円
2009年(9)  2億7,000万円
2010年(10) 3億5,000万円 ※3年の複数年契約+1年は球団が選択権を持つオプション契約
2011年(11) 4億円
2012年(12) 4億円
2013年(13) 5億7,000万円 ※球団がオプションを行使して契約
2014年(14) 6億円     ※2年の複数年契約
2015年(15) 5億1,000万円
2016年(16) 3億2,600万円
2017年(17) 2億6,000万円
2018年(18) 2億1,000万円
2019年(19) 1億6,000万円

※()内の数字は年数、金額は推定。

年俸の推移で最初に注目するのは「1億円プレーヤー」となった2005年ですが、これは2004年シーズンに33本塁打を記録し、OPS(出塁率+長打率)が1.016と抜群だったのが要因でしょう。

2007年シーズンは主将に就任してチームを牽引し、自身のバッテイングも33本塁打・101打点と素晴らしかったことで年俸も1億円ほどアップしています。

2012年シーズンは4番の重責を担いつつ打率.340・104打点を残して首位打者と打点王を獲得。


2014年には最高額となる年俸6億円に到達したものの、それ以降は怪我による出場機会の減少もあって最後は1億6,000万円という金額でユニフォームを脱ぎました。

ちなみに、阿部さんは2回ほど複数年契約を結んでいますが、いずれも単年の成績で年俸が増減する変動制を志願したことが最大の特徴と言えるかもしれません。

プロは1年1年が勝負という発想はとても立派で、阿部さんの人柄を表しているとも言えます。

阿部慎之助の愛車はベンツで腕時計はテンデンス?

最後に阿部慎之助さんの車や腕時計について見ておきましょう。

ジャガーの「XJ」やトヨタ「アルファード」を所有していたそうですが、中でも2012年のヤナセ・ジャイアンツMVP賞で貰った「メルセデスベンツ・Eクラス E250」を愛用していました。

また、2019年12月19日にも同じ”ヤナセ・プロ野球 MVP賞”を受賞しており、同社からメルセデスベンツの「E200 アバンギャルド」を賞品として提供されています。

授賞式で阿部さんは「ベンツで読売ランドに通います」と上機嫌に話していたので、2021年現在の愛車は同じベンツでも新しい「E200 アバンギャルド」である可能性が高いでしょう。

スポンサーから提供された車を大切に乗り続けるという真面目な一面があり、高額の年俸を手にしても妙な派手さを感じさせないところは好印象を与えていますね。

さて、もうひとつのテーマである腕時計も車と同じくスポンサーと関連がありました。

阿部さんは引退が決まった際にスイス生まれのファッションウォッチ「Tendence (テンデンス)」とコラボし、300本限定の「阿部慎之助引退記念ウォッチ」を発売しています。

ちなみに、阿部さんとテンデンス社は過去に2度ほどコラボをしており、2000本安打達成と400本塁打を達成した時に記念となる腕時計を発売していました。

2020年2月に日本テレビ「おしゃれイズム」に阿部さんが出演した際、ハッキリと確認することはできませんでしたが「引退記念ウォッチ」を着用しているようにも見えます。

コラボ商品を発売する前までは海外のブランド「カーティス」の腕時計を愛用していましたが、テンデンスと縁ができてからは同社の商品だけにしているのかもしれません。

愛車の件から見ても阿部さんはスポンサーや関係先を大事にする傾向があるので、腕時計がテンデンスひと筋になったとしても決して不思議なことではないでしょうね。

阿部さんの派手な一面が見つかるかと思いきや、律義さが浮き彫りとなる結果になりました。


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