阿部慎之助の引退理由は怪我や首痛?原辰徳との逸話、監督としての凄さとは

阿部 慎之助(あべ しんのすけ)さんはジャイアンツの中軸として大活躍しました。

晩年は一塁での出場が増えましたが、最後は捕手でと原監督に直訴したそうです。

今回は阿部さんの引退理由とされる怪我や監督としての資質を見て行きましょう。

阿部慎之助のプロフィール

本名:阿部 慎之助 (あべ しんのすけ)

身長:180cm

出身地:千葉県浦安市

生年月日:1979年3月20日

所属球団:読売ジャイアンツ(2001~2019) ※選手歴

阿部慎之助の引退理由は怪我ではなく原辰徳の意思?

最初は阿部慎之助さんの引退理由について見て行きます。

阿部さんはジャイアンツに入団してから左足や右肩などの故障を繰り返しており、2014年の開幕前には首を痛めて「頸椎(けいつい)椎間板ヘルニア」を発症していました。


腰のヘルニアは日常生活でもよく聞きますが、首にも同様に椎間板ヘルニアの病気があり、阿部さんのみならず多くのアスリートやミュージシャンのYOSHIKIさんも苦しんでいます。

野球選手では阪神タイガースの赤星憲広さんが首のヘルニアで引退に追い込まれていました。

そのことから阿部さんも首の痛みによる引退かと思われていましたが、実際は体調よりも若手が良い意味で成長してきたこと、そして恩人である原辰徳監督の説得があったそうです。

2019年9月の引退会見でも原さんからの説得が有ったことに触れており、同じユニフォームではありますが選手ではなく「次期監督」として経験を積むことを求められて引退を決断。

阿部さんは新人捕手でありながら開幕スタメンに起用されて話題となりましたが、この抜擢は当時ヘッドコーチだった原さんが長嶋茂雄監督に強く推薦したことによるものでした。

その点から見ると、阿部さんのプロ野球人生は原さんに大きく影響されたと言えるでしょう。

阿部さん自身は2020年シーズンも現役を続けるつもりでいましたが、心の中で密かに考えていた指導者になりたいという思いが原さんに伝わったのかもしれませんね。

もちろん納得済みであっても引退を決断するまでには相当な葛藤があったのは言うまでも無いので、励ましの意味であっても「まだやれた」などと言わない方が良いでしょう。

阿部慎之助が最後まで見せた捕手としてのプライド

次は阿部慎之助さんが捕手にこだわっていた点を見て行きましょう。

阿部さんは首の怪我などもあって捕手から一塁にコンバートされていましたが、2018年オフに原辰徳監督に「最後は捕手で終わりたいです」との思いを告げました。

学生時代から持ち前のバッティングにより専念するために違うポジションへの転向を勧められても断固として拒否するなど、捕手へのこだわりやプライドは相当なものだったそうです。

しかし、2019年シーズンもキャンプ中からの怪我もあって代打としての起用にとどまりました。

そんな中、原監督との話し合いによって2019年限りでの現役引退が決まり、2019年9月27日に東京ドームで行われた引退試合(対DeNA戦)で1,580日ぶりに捕手としてスタメン出場。

念願だった捕手としてのスタメン出場を果たしましたが、試合終了まで捕手として出場せずに途中で大城卓三選手と交代したのはチーム全体のことを考えた末の判断でしょう。


ちなみに、現役最後の出場となった9月28日の対ヤクルト戦では代打として打席に立ったものの、申告敬遠をされて終わったのは最後まで強打者だったと言えるエピソードです。

ここまで阿部さんが捕手にこだわらなければもっと良い成績をあげられたでしょうが、ファンや同僚も捕手にこだわり続けた”野球人・阿部慎之助”に惹かれたのは間違いありません。

数字だけでなく野球人としての生き様でも影響を与えた阿部さんの功績は計り知れません。

監督としての凄さをクロマティが絶賛

最後に阿部慎之助さんが持つ監督としての資質について見て行きます。

阿部さんは2019年のシーズンオフにジャイアンツの二軍監督に就任していますが、コーチ兼任など指導歴が無いにも関わらず監督に起用されたことでも話題になっていました。

一方で現役生活の晩年は若手選手への指導や相談相手としてベンチでも重きをなしており、数々の実績や面倒見の良い性格もあって多くの選手から慕われる存在になっています。

2019年8月頃からチームに帯同していたクロマティさんも監督としての資質を高く評価しているらしく、人柄や実績に加えて捕手というポジションだったことにも注目していました。

球界には捕手出身の名監督が数多く存在しており、西武ライオンズの黄金期を築いた森祇晶(まさあき)さんや「再生工場」の異名を持つ野村克也さんなど枚挙にいとまがありません。

ただ、球界の流れと違ってジャイアンツには捕手出身の監督が存在しなかったことを考えると、阿部さんが一軍の監督に就任したとすれば初の捕手出身の監督ということになります。


ジャイアンツでは「監督はスーパースターが務める」という暗黙のルールがあると言われているので、補佐役である捕手の監督が誕生していないのは当然なのかもしれません。

その点からも、阿部さんの存在はジャイアンツの長い歴史に風穴を開ける可能性がありますが、まずは任されている二軍で結果を出すことに専念して欲しいところです。

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