阿部慎之助の嫁は元モデル。子供は3人&息子は野球。家族との逸話&今は育成で評価

読売ジャイアンツの主力として黄金期を支えた阿部慎之助(あべしんのすけ)さん。

超一流のプロ野球選手だけあって妻はモデルとして活動する程の美人。

そして3人の子供に恵まれ、息子も野球をしているんだとか。

自身が家族に支えられたように今度は息子の夢をサポートしているのでしょう。

今は1軍の監督候補として名前があがるほど育成手腕が高く評価されているようです。

阿部慎之助の嫁は元モデル

長らく読売ジャイアンツの正捕手として活躍した阿部慎之助さん。

両リーグでトップとなる進塁阻止率を記録した持前の強肩に巧みなリード。

そして首位打者に打点王に輝き、毎年のようにHR王争いをした打撃センス。


更には主将として若手を育て挙げ、チームを勝利に導くリーダーシップ。

今となっては最高年俸6億円という金額も安く感じてしまいます。

そんな阿部慎之助さんが結婚したのは2006年のこと。

気になるお相手は2歳年下の石田悠さん。

かつて日産の「ミス・フェアレディ」を務めたほどの美貌の持ち主。

その美貌を活かしてOLとして働きながらモデルとしても活動していたそうです。

二人は2003年に知人の紹介で知り合い交際に発展。

その後、3年の交際を経て結婚する事になったようです。

2000年のドラフトで読売ジャイアンツに1位で入団した阿部慎之助さん。

正捕手の育成を急務としていたチーム事情もあり入団1年目となる2001年から正捕手の座を獲得。

そして2002年には日本一に輝いています。

石田悠さんとの交際が始まったのはその翌年から。


おそらく阿部慎之助さんは当初から結婚を意識していたのでしょう。

チームが優勝したらプロポーズをしようと思っていたそうです。

ところが2003年から読売ジャイアンツの成績は下降。

優勝を逃すだけでなく2005年、2006年は2年続けてBクラスに終わっています。

もしかすると石田悠さんにプロポーズしたいという思いが空回りしてしまったのかもしれません。

おそらく本人もその事を少なからず自覚していたのでしょう。

当時、監督を務めていた原辰徳さんに婚約を伝え、結婚する事を決意。

こうして再び純粋に野球に取り組めるようになった阿部慎之助さん。

2007年から2009年までリーグ3制覇。

2012年にはセ・リーグのMPVに輝き、「日本球界最高の賞」とも言われる正力松太郎賞も受賞しています。

これだけの活躍が出来たのも石田悠さんの内助の功のおかげ。

きっと阿部慎之助さんもそう思っている事でしょう。

阿部慎之助の子供は3人

阿部慎之助さんの子供の数は3人。

2006年に誕生した長女を筆頭に2008年に次女、2012年に長男が誕生しています。

プロ野球界でも数少ない6億円プレイヤーの子供達。

そのため詳細は明かされていません。

ただ、長女と長男の名前は判明しています。

長女の名前は「真子」で長男の名前は「成真」というそうです。

そしてなぜか名前が明かされていない次女。

ですが、長女と長男に「真」という字が使われていますので、次女も「真」が付く名前なのかも知れません。

なお、次女は青山学院初等部に進学したと言われているようです。

そのため長女と長男も青山学院に通っているという噂が。

この噂の真偽の程は不明です。

ただ、次女だけ私立に通わせるという事はないはず。

ですので長女と長男も私立に通っているものと思われます。

阿部慎之助は息子も野球をしている

実は2世が少なくないプロ野球選手。

プロ野球選手として活躍する父親を見て育つ事で自然と憧れるようになるのでしょう。

2012年に誕生した阿部慎之助さんの息子も野球をしているようです。

2020年4月には親子でキャッチボールする姿が週刊誌で報じられました。

阿部慎之助さんから直々に指導を受けられるなんて。

野球少年は勿論、現役のプロ野球選手の中にも羨む人は多い事でしょう。

息子は小学校に入学したと同時に野球チームに所属。

投げるボールは力強くコントロールもかなり良いんだとか。

きっと肩の強さとコントロールは父親譲り。

キャッチャーは勿論、ピッチャーとしても将来が有望そうですね。

ただ、野球を続ける事で否が応でも父親と比較される事があるでしょう。

そんな周囲の雑音に惑わされる事なく順調に実力を付けていってほしいものです。

いつの日かプロ野球選手になる日が来るかも。

もし、読売ジャイアンツに所属して背番号10番を背負う事があれば大きな話題となる事は間違いありません。

さらに阿部慎之助さんが監督だったら日本中のプロ野球ファンが熱狂する事でしょう。

家族のおかげでプロ野球選手になれた?

両親と姉と妹が1人ずつという5人家族で育った阿部慎之助さん。

2021年現在、建設会社の社長を務める父親の阿部東司さん。


高校生の頃は野球部に所属し、ポジションはキャッチャー。

阪神タイガースで活躍した掛布雅之さんが同じ高校で同学年。

3年生の頃にはその掛布雅之さんを差し置いて4番を打っていたそうです。

そして進学した中央大学でも野球部に。

大学卒業後は実業団チームの電電東京に所属。

実業団でプレー出来たという事はかなりの逸材だった事は間違いありません。

ですが、プロ野球選手になる事はありませんでした。

きっと父親は阿部慎之助さんにプロ野球選手になる夢を託したのでしょう。

そんな阿部慎之助さんを家族ぐるみでサポート。

「生きる事は食べる事。食べる事は生きる事。」がモットーの母親は食生活で息子をサポート。

きっとガッチリとした体格と丈夫な体はその賜物。

そして姉や妹はトスバッティングの練習を手伝っていたそうです。

こうした家族ぐるみの協力があったからこそプロ野球選手になる事が出来たのかもしれません。

逆に言えばこれだけ野球に情熱と時間を捧げなければプロ野球選手になる事は難しいのでしょうね。

阿部慎之助は今、育成手腕を評価されている

2019年のシーズンを持ってプロ野球選手を引退した阿部慎之助さん。

その翌年、2020年から読売ジャイアンツの2軍監督に就任しています。

現役の頃から若手を育ててきた手腕を評価されての抜擢だったのは明らか。

その期待に応えるように2軍監督として数々の若手を育成。

そして1軍に送り込んだ若手が軒並み大活躍しています。

次世代のスター候補である若手の台頭には球団のオーナーも大喜び。

その結果、今では「ポスト原」1番手として名前が挙げられるようになりました。

昔からスポーツ界では「名選手、名監督にあらず」と言われています。

ですが、阿部慎之助さんは名選手ながら名監督になる予感がしますよね。

若手の育成の場である2軍と勝負に勝つ事が求められる1軍は全く別物。


それでも素晴らしい結果を残すような気がしてなりません。

阿部慎之助さんが1軍で指揮を執る姿を見てみたい。

読売ジャイアンツファンはもちろん、他球団のファンの中にもそう思う人は多い事でしょう。

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